わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

〜旧約聖書 イザヤの書第43章 第4節〜

 

D

はじめまして<`~´>当サイトの管理人Dと申します♪

こちらの記事は、サイトを立ち上げ経緯を自己紹介を交えてご紹介しております。お忙しい中とは思いますが、お付き合い頂けましたら幸いです♪

 

きっとあなたの役に立てる部分や気づきもあると思いますので、このご縁に是非一読いただければ幸いです♪

 

■端的な紹介要点は七点

  1. あなたの求める幸せはなんですか?
  2. GDH(心の幸福)をご存知ですか?
  3. 今後の日本の未来像
  4. 自己紹介/自身の8回を超える転職体験
  5. 自己紹介/家族との心の問題解決
  6. 自己紹介/うつで心を病んで自殺した妹への思い
  7. まとめ/このサイトの理念

 

幸せってなんだろう?

幸せ

 

突然ですが、あなたにとって幸せとは一体なんですか?

 

■幸せとは?

  • 高級車に乗る事?
  • 大きな家に住む事?
  • 何不自由ない暮らし?
  • 大金持ち?
  • のどかな暮らし?
  • 好きな仕事をしている事?
  • 素敵な恋人or夫婦関係?
  • etc…

 

色んな考え方や望みが十人十色で出てくると思います。とは言え、例えばある人にとっては好きな仕事として毎日イキイキしているのに対し、ある人は同じ仕事を毎日イヤイヤこなしていることもありますよね?

 

ではそれは一体何が違うから起こる現象なのでしょうか?悩んでも答えは出ないという視点もあるかもしれません。

 

けれど人により賛成反対色々あると思いますが、僕はやはり「自分自身の心が今この瞬間を幸せに感じているか?それが維持されているか?」に全てがあると思っています。

 

国民総幸福量(GDH)

国民総幸福量

 

そして次にそのことに関連する情報のご紹介ですが、あなたはGDH(国民総幸福量)についてはご存知でしょうか?これは対象国の国民がどの程度幸せを感じているかの調査指数です(詳細は後述します)

 

そしてそのGDHをご紹介する前段階として、あなたもGDP(国民総生産)についてはもちろん聞いた事があると思います。国の生産力、成長力の証と言って良い数値ですね。

 

※似た情報としてGNPがありますが、これは日本国内での総生産になる為、グローバル化が進んだ現在では外国にある自国企業も増えている為、GDPの方が一般的です。

 

 

かつて高度経済成長期には日本はアメリカに次ぎ2位の座に着き、現在でも中国に2位の座こそ譲りましたが、それでもTOP3としてTOP5以内に常に入っているのがわが国です。つまり経済力に関しては世界200カ国中のトップクラスなのが日本です。

 

日本の国民総幸福量(GDH)

日本

 

その一方で先ほど冒頭でご紹介したGDH(国民総幸福量)についてはどの辺りの位置かご存知でしょうか?毎年順位変動こそありますが、この点に関しては概ね以下のイメージになっています。(定義情報も合わせてご紹介)

 

■GDHの定義

  1. 一人当たりの国内総生産(GDP)
  2. 健康寿命
  3. 社会的支援(困ったときに頼れる人の存在)
  4. 信用性(政治やビジネスにおける汚職のなさ)
  5. 人生における選択の自由
  6. 寛容性

■GDH(国民総幸福量)/2016年度(157カ国中)

  1. デンマーク
  2. スイス
  3. アイスランド
  4. etc…..
  • 日本53位

 

この様に北欧諸国が上位を独占している中で、日本はGDPを加えた調査指標でTOP20%(30位以内)にも入っていません。GDPが3位ならば、GDHもTOP10辺りには入っていても良さそうなものですがね。しかも健康寿命もご存知の通り、順位を上げる好条件が入っているにも関わらずの低順位です。つまり他の4要素が順位を下げていると見れるんですよね?

 

またさらにこの日本のGDH順位近辺は、タイやマレーシアも日本に近い順位ですが、いずれもタイ(GDP/約30位前後)、マレーシア(GDP/約60位前後)なので、あまりGDPそのものと同等と言った幸せ指数に落ち着いています。(昔タイに行った事がありますが、所得は低いですからね)

 

つまり総じて、日本は健康と経済力が突出している一方で、頼れる人の存在や社会への信頼、人生選択の自由と寛容性を極端に置いてきてしまっている現状があるのが分かります。

 

2つの学術的見解

学術的見解

 

そしてこの状況の中で参考になるのは二つの学術的見解。一つ目は社会学者デュルケーム「自殺論」の中でも提唱した「アノミー的自殺」。

 

これは端的に言えば、所得が低く生活苦を感じての自殺水準が上がるケースとは対称に、欲求水準の増した好景気の先にも自殺水準が上がるとする説です。

 

物質的生活が豊かになり、出来る事も多様化して行く現代でそのギャップに耐えられなくなっての自殺。日本は今この時期に差し掛かっていると言えるかもしれません。

 

 

また、もう一つの指針になるのはベストセラー「ワークシフト 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図」の中で描かれていた2025年の未来において生まれているであろう複数の人物の人生を紹介した群像劇。

※多少記憶で書いているのでイメージだけのご理解としてください。

 

ある人物(A)はよりグローバル化と多様化の発達した2025年に、昼は中国の取引先と打ち合わせをし、夜はイギリスのビジネスメンバーと次の施作の会議。

 

人物(A)は人生を分単位で時間管理を行い、睡眠時間やサポートは専属のサポートAIに任せ自己のスケジュールを細かく詳細に規定し、どのどん収入を上げて行く人生を歩んでいる。

 

 

またある人物(B)は、家族や親族と暮らしながら自らの手仕事を行い手頃な収入範囲を確保している。

 

人物(B)は巨万の富を持っているわけではないが、家族と自然の中で有機野菜を食し団欒を楽しみながら、日々の四季の移り変わりの美しさを楽しんでいる。

 

大切なのはあなた自身が感じる幸せ

あなたの幸せ

 

この様な生き方に対してどちらが幸不幸というわけではありませんが、大切なのはあなた自身がどのように生きていきたいか?どのような状態にありたいかandなっていきたいか?そしてあなた自身が幸せを感じるのはどんな時か?それは人によって違うんですよね。

 

その事をご紹介する理由として僕自身も営業という仕事や、東京で公私ともに様々な人と触れ合う中で、色んな方々と関わりその感覚を強く学んできました。

 

■人の生き方の好き嫌い

  • 細かい作業を正確にこなすのが好きな人もいれば、大きく仕事をするのが好きない人もいる
  • 淡々とこなすのが好きな人もいれば、一気に勢いをつけてこなすのが好きな人もいる
  • 場を盛り上げるのが好きな人もいれば、馴染めない人と関わり癒すのが好きな人もいる

 

この様に様々な「好き」が人によって違う中で、人は自分の好きな事と違う事をしていると悩み苦しみます。

 

 

ちなみに僕自身も「人と会って話すのが得意」という「周りからの評価」で、20代はひたすら「営業の仕事」にこだわって就業し続けていました。

 

とは言え内心は「得意だけれど嫌いな事」だったので、ずっと苦手意識を持って取り組み続けました。もちろん現在では一定水準の「営業力」は手に入れたと思っていますが、やはり「嫌い」な事「営業職一辺倒」で生涯の仕事を選んでいたらと思うと今はゾッとします。

 

ですからそれも踏まえて、あなたには僕の様に「得意・不得意」で選ぶと人生辛いよ、それよりも「好き・嫌い」で人生選んだ方が楽しいよ、という事をこのサイトを通じてご紹介していきたいのが僕の理念です。

 

そしてここで大事になってくるのが、自分の好きを細分化して行く事です。

 

僕自身が感じる幸せ

僕

 

ちなみにつらつらとそんな事を言っている僕の場合はこうでした。

 

■Dの嫌いな事&苦手な事

  • やらされ事(ノルマや基準の押付け)
  • ガンガンいこうぜ(細かい事気にしないスタイル)
  • 体育会系のノリや仕事観
  • 理系的論理的思考
  • 物理的orエンジニア的作業

■Dの好きな事&得意な事

  • なるがままの直感
  • いのちだいじに(繊細に関わり生きる事)
  • スピリチュアル的第六感的仕事観
  • 文系的創造作業思考
  • 芸術やクリエイト

 

僕の好きな要点は「人と関わるのは好きだけど、心の悩みやその人本来の生き方を一緒に見出す影響力になりたい」という感覚が強いんです。だから既製品を売るというより、僕は無形の助力で最大限努力した結果の対価の価値をあなたが決めてください、と言った感覚。

 

その為、あなたも自分の「好きな事」を悩みを超えて見出して行く事、その指針や悩みを解決するお手伝いをこのサイトを通じてできたら、僕のやりたい事「僕の幸せ」を達成している事にも直結します。

 

ですので是非一緒に「自分らしい幸せ」を見出していけたら幸いです♪

 

自己紹介

日本人

 

と、ここまでがこのサイトの運営方針でしたが、そもそもこのサイトの運営者の僕がどんな人間で人生を歩んできたか?僕の失敗談も含めて、なぜ「こころのバイブル」というサイトを立ち上げるに至ったかもちゃんとご紹介しておきたいと思います。

 

ですのでここからさらにちと長くなりますが、是非ご一読いただければ幸いです。

 

管理人の今まで(誕生〜社会人1年目)

名古屋

 

僕は愛知県名古屋市という豊かな土地で生まれ、22歳の時まで順調に学生生活を送り大学を卒業してごくごく普通に社会人になりました。今振り返っても極めてごく普通の文系男子といった人間観だったと思います。

 

そしてそれまでは何不自由なく生活を送っていたのですが、逆に親元で何不自由なく奔放に暮らしていた事が災いし、いざ社会に出てみると突然とても自分が未熟だった事に直面しました。

 

それは具体的には、僕が学生時代に培ったものを振り返ると以下の状態だったからです!

 

■社会人1年目のD

  • 中流大学文系卒
  • 一人暮らし経験0
  • 家事のスキル0
  • 女性と交際経験0

 

上記の様に全くもって何も無い、まさに0からの社会人スタートをしたんです(汗)

 

就職活動の失敗

怖い 辛い 自信が持てない

 

そしてそれが災いし、僕はとても大きな失敗をしてしまいます・・・。

 

「新卒入社した自動車販売営業の仕事を3ヶ月で自己都合退職」

 

仕事の出来なさ加減と、会社の仕事の責任感の無さから招いた現象でした。そしてその原因は大きく以下の3点。

 

  1. 人(取引先)との交渉に対する恐怖
  2. 仕事が出来ない故の失敗
  3. 10年先輩が小遣い月3,000円と聞いた
  4. →逃げたい!!!

 

上記の様に様々な出来事に直面した結果、当時は極めて短絡的に(今思えばこれが良かったのですが)終身雇用という環境から飛び出してしまったのです!!

 

「好きを仕事に」の短絡的失敗=カメラマン

自分に自信がない原因

 

そしてその時は運良く転職サイトを転々としていた時に見つけた、「結婚式場のカメラマン」に応募をし、結果的に退職前にスムーズに採用が決まりました。

 

当時から写真が趣味だった為、「好きを仕事に」を趣味から仕事に昇華すれば人生は豊かになると思っていたからです。

 

 

でも逃げるように転職した企業は立ち上げ当初の従業員10人程のベンチャー企業。会社というより、社長の自宅近くのマンションの1室を会社として利用しているまさにこれからの環境でした。

 

しかし当時の自分にはその様な判断ができず、会社なのか将来がより分からない環境で、デザイン系の仕事の一環の為業務は毎日23時~24時まで働くのが当たり前の世界。

 

周りはプロ意識を持って働いていましたが、僕自身は「趣味を仕事に」という自尊心を失った状態で逃げる様に飛び込んだ世界。

 

■ベンチャー転職で感じた事

  • 福利厚生
  • ワークライフバランス
  • 土日休みではない
  • ベンチャーの将来不安

 

上記の様なプロ集団の中で短絡的な動機でしか転職を判断していなかった為、勝手な上記の妄想で再び将来に不安に感じる日々になってしまいました。

 

そして結果的に勤務態度が悪い上にアマチュアの延長線上でいた自分は、一週間で「もう来なくていい」とクビになりました・・・。

※今思えば当然で、申し訳ない事をしました。

 

「将来安定」を目指した公務員試験

1日 摂取カロリー 計算 情報

 

そして完全に自尊心を失った結果、「約一ヶ月実家に引きこもり」と言う状態に突入しました。

 

このままではいけないと分かっていながらも、一歩を踏み出せない日々の始まり・・・・。そんな中で状況を見かねた両親からすすめられたのが公務員試験でした。

 

既卒の一般職公務員試験は受験にパスすれば過去の経歴をさして問われません。しかも大企業の様に安定して人生を送っていける!!

 

「公務員になれば将来安定+人生をやり直せる!!」

 

そう思い至り、朝刊配達のアルバイトをしながら(無収入は嫌だった+自尊心を取り戻す為)公務員試験を決死の覚悟で、受験する為の準備に必死で取り組みました。

 

 

そしてその時は今思い返しても振り切って努力していたと思います。

 

■公務員試験受験前

  1. 睡眠時間3時間
  2. 朝3時30分起床
  3. 雨の日も雪の日も新聞配達
  4. 朝9時〜予備校で自習
  5. 夜18時〜21時は授業
  6. 帰宅して23時半頃に就寝
  7. 上記を半年間継続

 

しかし最大限努力したと手応えを持ち挑んだ公務員試験は、結果的に全て不合格でした・・。

 

公務員試験を一回で諦めた理由

日本 侵略戦争

 

そしてよく聞かれるのは一回のチャレンジで諦めたのはなぜかという事なんですが、第一志望だった県庁職員の入試結果。その結果自分でも開き直ってしまう答えが返ってきたからです。

 

■公務員試験の結果

  • 合格者総数=252人
  • 受験者総数=1658人
  • 僕の順位=263位

 

順位を知った結果一瞬茫然となりました。合格までたかだか10人程度の順位差・・。おそらくあと2,3問正解していれば合格出来ていたとしか思えませんでした・・。

 

自分でも最大限の努力で挑んだ公務員試験の結果が紙一重の不合格。しかも合格者数は年々減る事が分かっていた為、一発勝負で最善を尽くした今以上の結果は期待できそうもない。

 

しかし公務員試験以外の選択肢が思いつかず、かと言って自分の経歴は「3ヶ月で辞めた営業職」の職歴のみ・・・。

 

視野を広げる旅

青春18切符の使い方2’=中旅行

 

そしてそこからの思考は公務員の合格確率も下がるし、会社員人生もこのままの状態では満足にリスタート出来ないという悪循環・・・。だからとにかくこのままの選択肢だけではダメだ!!そう一念発起して様々な価値観を吸収する行動に出ました。

 

そして具体的には、そこから半年間で以下の行動をとりました。

 

■公務員試験後の体験

  • 海外支援=タイ・ボランティアに参加
  • ある市長(当時は特養施設社長)に直談判
  • 恩師の紹介でキリスト教の洗礼受洗
  • 友人の紹介で東京の事業家と邂逅

 

上記の様に貪欲に自分の思考の外にあった価値観を吸収し、紹介される限りのアドバイスは全て受け入れて行動し続けました。

 

転機となったメッセージ

手紙

 

そしてその中でも最も強烈で転機となったのが、東京の事業家の方の言葉でした。

 

名古屋でも高級マンションに住み、既に誰から見ても高い収入を得て人生に満足しても良さそうな方でした。しかしその方は東京に行って事業拡張する事に信念があると言い、僕はその理由を尋ねたのです。

 

「僕が東京に行く理由?僕は20代、30代で悩んでいる若い世代の希望になりたいから。というか日本を変えたいから、まだまだ山を登り始めた僕は、頂上近い人が沢山いる東京でチャレンジしたいんだ♪」

 

正直目から鱗、ハンマーで自分の価値観を殴られた様な衝撃でした!!今自分が生き延びる事に必死になっている自分の目の前に、人を豊かにする事に目を輝かせている人がいる・・・。

 

 

このメッセージと共に、その事業家の方の”東京ではチャレンジできる環境がある”というアドバイスに従い、その方への弟子入りと共に上京する決意を固めました。自尊心など微塵もなく、職歴といえば3ヶ月の自動車営業の肩書きのみで・・・。

 

自立開始

飛び込み営業 コツ 極意

 

とはいえいきなりすぐに、上京という判断は出来ませんでした。まずは以下の理由を克服する為に”工場のライン作業”の仕事に就きました。

 

■1年間の工場ライン作業員

  • 一人暮らし開始
  • 上京への貯蓄
  • 社会人へリハビリ

 

そしてまずは勤務半年目で実際に慣れない一人暮らしを始めました。そして一人暮らしをすれば自ずと、自活の難しさと自分の甘さが露呈してきました。

 

■一人暮らし経験での直面

  • 洗濯物が溜まる
  • 食事は自炊or外食
  • 日用品の維持
  • 部屋の定期的な掃除
  • ライフライン系等の維持費

 

親元では当たり前と勘違いしていた当たり前の常識。しかし24年間一度も経験した事のなかったそれらの常識は、半年間ほどはどれ程親元が守られていたのかと痛感した時期でした。

 

とは言え出来ない事は訓練すれば良いだけなので、徐々に上達できる様に経験を積み重ねていきました。

 

日本最大の都市「東京」へ上京

東京 丸の内

 

そして工場のライン作業員勤務が一年を超えた秋の誕生日月に工場を退職し、貯金50万円と一人暮らし用品一式を持って東京品川区に上京!

 

右も左も分からない新天地で、様々な困難や障害にぶち当たりながらも上京してからの日々。そして様々な紆余曲折を経て20代は以下の事に貪欲にチャレンジしました。

 

■20代の経験

  • 転職合計6回
  • 読書1,000冊
  • 映画1,000本
  • 師のアドバイスと実践

 

自分の努力は必ず報われると信じ、希望を頼りに日々一日も欠ける事なく努力という努力をひたすら積み重ねました。その時にはたくさんの心のメンタルマネジメントも習得してきました♪

 

勿論この時は何百回と実家に帰って楽になりたいと思いながらも、前進するきっかけを毎日必死に掴みながら徐々に自分の自尊心を取り戻してきました。

 

二つの大きな転機

日本 歴史 真実2

 

そしてそんな努力を積み重ねている時、後の人生に大きな影響を与える衝撃的な二つの転機を迎えました。

 

■人生を揺るがした衝撃的な出来事

  1. 尊敬する祖父の死
  2. うつ病だった妹の自殺

 

この二つが自分の生き方を根底から考える直すきっかけになりました。

 

偉大な祖父の存在

日本 歴史 真実

 

我が家は3世帯7人家族の大所帯で、一族総出で正月に集まると我が家はたちまち20人近くが集まる大家族でした。

 

そしてその大一族を影から支えていたのが、母方の僕の祖父。大正生まれの祖父は生前僕に様々な訓話を聞かせてくれました。

 

  • 戦中のフィリピンでの死線の経験
  • 家族/仲間を大切にする信念
  • 人としての誇り/正義感
  • 様々な親類/近親者を助けた親分肌
  • 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

 

一度話が始まると1〜2時間は止まらないのですが、不思議といつも最後まで聞いていました。そしてそんな祖父は改めて振り返ると以下の人物像に写っていました。

 

■祖父の印象

  • 義理人情の男
  • 正義を貫く鋭い鷹の目
  • 相撲好き
  • 山の男で力が強い
  • 怒ると烈火の如く怒る

 

まさに警察官を地で行く、悪事を正し正義を貫く人。そして一度起こると地鳴りかと間違うほどの烈火の怒号。畏れと共に憧れを祖父に対して抱いていました。

 

祖父との死別

日本の戦争の可能性

 

そしてそんな偉大な祖父も88歳のある日大往生しました。死因は”老衰”でした。そして葬式には祖父と近しい90才近いご老人方が、いらして下さったのをよく覚えています。

 

中でも嬉しかったのがある土木会社の社長さんのお話。

 

「ある時飲酒運転で検挙された時があったんだ。今免停を喰らったら危ないって時だったのについやっちまった。

 

そんであんたの爺さんに事情を必死で話したんだよ。そうしたら書類送検されそうだったのに、当時署長だったあんたの爺さんが書類の申請を却下してくれたんだ。で、後日会いに行ったら笑って許してくれたんだよ。今でいうもみ消しって奴になっちまうのかな?

 

だけど、あんたの爺さんは自分の責任でそれをやってくれた。見つかったら、逆に始末書書くのはあんたの爺さんなのにな(笑)なんて義理人情に厚い人だと思ったよ。そんでそれからあんたの爺さんとは、こうして数十年の付き合いになった訳だ。」

 

一族の誇りとはこういう事を言うんだと深く感動した瞬間でした。

 

★祖父の残した印象

  • 定年後も300通以上の年賀状を書く祖父
  • 一族の為に遺産を残して下さった祖父
  • ”瑞宝双光章”を国より賜った祖父

 

そんな祖父は僕にとっての誇りでした。

 

妹の突然の自殺

飛び込み営業 迷惑 理由

 

そしてもう一つ僕の人生観に多大な影響を与えたのが、妹の自殺でした。妹は大学時代に友達とのすれ違いが原因でうつ病を患い、大学を中退していました。

 

それまではずっと天真爛漫だった妹。でもそれから妹の顔は徐々に暗くなっていき、背中も丸めて俯いて歩く様になりました。「何とかしてあげたい。でもどうすればいいか分からない」僕も含め家族全員が、そんな状態でした。

 

そして妹も様々な立ち直るきっかけを求めて様々な事にチャレンジしていました。

 

■うつ病を患った妹のチャレンジ

  • 一人暮らしの挑戦
  • パティシエに挑戦
  • 社会人復帰の為にNPO参加
  • 英語習得の為にフィリピン留学

 

妹の口癖と自分自身への憤り

飛び込み営業 克服

 

しかし結果的に妹の努力は上手くいきませんでした。理由は「対人恐怖症」から来る恐怖。

 

「普通になりたい」「死んだら楽かな?」

 

それがうつ病を患ってからの妹の口癖でした。妹は実家にいて、とてももがいていました。そして僕も同じ頃東京で早く一人前が自負できる様になる為、同じ様にもがきながら必死で答えを求めました。

 

「自分はどうあれば良いのか ?何とか妹の力になる突破口はないか?」

 

その事を意識しながら、とにかく脇目も振らずに努力を重ねました。でも結果的に僕の努力は間に合いませんでした・・・。

 

妹の遺書と憤り

富士山山頂からの手紙

 

そしてそんな日々を送っていたある日、会社で働いている最中に母から一通のメールが届きました。

 

「妹が死んだ。葬式にすぐ帰ってきて」

 

気が動転していた母も、短文でメールを打つのが精一杯だったようです。僕は思わず崩れ落ちて、人目も憚らず社内で大泣きしました・・・

 

「自殺サイト募集に応募&集団練炭自殺」

 

それが妹の選んだ決断でした。遺書にはうつ病を患う前の彼女らしい、明るい思いに溢れていました。

 

  • 心配ばかりかけてゴメン
  • 天国に行けるといいな
  • 皆は幸せになってね

 

誰も悪くないと心に言い聞かせながら、でも葬儀の中僕はある一つの憤りを覚えていました。

 

「たった一回の失敗が、普通でいられなくなる事がそんなに悪い事なのか!?」

 

当サイトの発足理念

心のバイブル

 

そしてそこから紆余曲折を経て、「インターネットサイト」は良くも悪くも書き手に依存すると気付きました。

 

「もしあの時妹が自殺サイトを見て自殺を選んだ時に、自殺サイトではなく人生を豊かにするサイトだったらどうだったろうか ?」

 

 

その点から出発したのがこのサイト「心のバイブル」です。

 

当時の自分の後悔の一つは東京〜名古屋間と言う物理的な距離で、妹の状況を知れない事と近くにいて助言をしていなかった事でした。

 

「実家は遠いから、うつ病の妹は両親や家族が何とかしてくれるだろう」

 

そういった思いで、本気で妹と関わっていなかったのが現在でも心残りです。だからこそもし妹に届く情報発信が「心のケア」と言う情報発信だったとしたら。それがこのサイトの根底に根付いています。

 

そして今でもこのサイトは妹の「SNS」と繋がり、こんな面白い事があるよ♪こんな世界は楽しいよ♪そんな思いが少しでも天国の妹に届けば良いという思いで日々発信を続けています。

 

日本の自殺者=年間3万人

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そして妹の一件があってから、公務員試験の受験時の問題で思い出した事があります。それは国家公務員試験で出てきた以下の論文問題。

 

■公務員試験の論述問題

  1. 日本は年間3万人以上の自殺者が発生
  2. 自殺者の論拠「この国は死ぬ事も自由」
  3. 上記の論拠への賛成反対&論拠説明

 

当時は綺麗事を並べて「反対だな」程度の論拠で提出した事を覚えています。何よりもその様な事が当時はあくまで他人事だったからです。

 

しかし自分の妹の選んだ試験の論文と同じ自由という名の自殺。そして現在でも日本では年間3万人の当事者になる可能性のある出来事、家族が3〜4人と考えれば年間10万人以上が苦しむ悲しみ。今はこの様に一当事者として、この問題に立っています。

 

自分=自分:家族&先祖:社会

日本

 

そして現在では「自殺をする事も自由の国=日本」と言う感性が当たり前の日本に危機感すら感じます。これは妹には申し訳ないですが、現在同じ設問が来れば以下の回答をします。

 

■自殺は自由と言う論拠

  1. 自殺は自由=反対
  2. 人は先祖と両親の結晶の賜物
  3. この世界は十分に豊かで楽しい
  4. まだ本当の人生を謳歌していない
  5. 自分が我が人生でそれを証明する

 

強制/強要で自殺者の善悪を裁くのではなく、この世界は十分に楽しいという事を自ら証明する。それが自らに課した契約であり、現在の生きる目的です。 

父のように責任を持てる人間へ

父

 

そしてもう一人、責任を取るということ、社会に役立つ一人の人間になるというコミットをする上で、どうしても外せないのが「父の背中」です。

 

これは僕が今まで「父に八つ当たりされてきた」、と勘違いしてきた出来事を捉え直した瞬間の思いです。

 

■BEFORE

「僕は20年以上父親に怒られて、否定されてきた人間」

■AFTER

「僕は20年以上父親に叱られて、伸びしろと愛情を与えられてきた人間」

 

思い返せば、父は気分感情で八つ当たりするような人間じゃなかった事は断片的には認識できてたのが、今回の出来事ですっと入ってきました。

 

 

自分が「八つ当たりされた」と勘違いしてきたけれど、改めてリフレーミング(解釈を再定義)してみると、尊敬する父親像が見えてきました。

 

■父の本質

  • 「男は黙って仕事に励む」、そんな僕にとって我慢強さと規律の象徴のような人(週休二日制とはいっても、毎週土曜日は必ず自宅で日報、週報にPCで向き合ってた姿を見てた)
  • 40数年、大手のマネージャーとして勤めた一方で、家族に仕事に対する不満・愚痴を出した事は1度も無かった(俺はこんなに仕事頑張ってるんだぞアピールを一度もされた事なかったのが、振り返ってみると尊敬しかない)
  • 会社に入った後、大卒がほとんどの中、高卒でありながら筆頭として代表答辞を述べた事
  • 大手として急成長していった、豊田合成のマネージャーまで勤め上げた事
  • 最盛期には年商16億を出し、社長賞を受賞した経歴を持っていた事

 

 

そしてこれらの出来事から、自分の中で「責任を取る」とは?「叱る・伝えるべき事」とは何かを改めて学ばせていただきました。

 

■父から八つ当たりされたのではなく、叱られ成長させてもらえた出来事

  • 大卒の中で高卒として抱えた苦労を知っていたからこそ、誰よりも真摯に俺に「良い大学に行く事」「勉強しなさい」という叱りを伝えてくれた事
  • 「俺の息子だろ!」「長男だろ!」という叱りをずっと受け入れられなかったけど、本当は誰よりも家族のトップとして、本家のトップとして、責任者にお前もなれるんだからという「英才教育」を受けてきた事。反抗期という形でずっと弾いてきたけど、冷静に捉え直したら20年以上、大企業のマネージャーにずっと鍛えられてきた事
  • 「部屋が汚い」「言動が汚い」と何度も叱られてきたけど、思い返せば「中庸」に向き合い、安心と安定の真ん中を生きるあり方をずっと説いてくれてきたこと

 

一片から見れば、ごく普通のどこにでもいるサラリーマン家庭の一人の男性かもしれないけれど僕からすれば自分の半分として血を分け、僕をこの世に生み出し、継承させてくれた、唯一無二の存在。

 

■自分のルーツ

  • 父(父方)=高卒というノンキャリアから、社長賞受賞者の大企業のマネージャー
  • 祖父(母方)=ノンキャリアから、警視として300人超のトップ(警察署長)まで勤めた一組織のトップ
  • 曽祖父(父方)=当時資産100億超の資産家一族の3男として生まれた、四国の有力資産家の血族

まとめ

 

これが当サイトの理念の総括です。そして最後に、いつか公務員試験でこんな問題が出て欲しいという願いを込めて、当サイトの理念紹介を終わります。

 

★日本とはどの様な国か

  1. 物心両面とも豊かな国
  2. 自尊心ある誇りある国
  3. 自由と責任を謳歌する国