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諒

「転職を10回経験」「2箇所の宗教」にはまり「1,200万円自己投資して上手くいかなかった」後、アフィリエイトブログで月収100万円を達成した僕がまとめました♪

 

転職10回&起業3回目での成功体験談や、12年で月収100万円達成した強烈な影響力のある男の激動人生を知りたい!

 

そんな思いで、あなたはこのサイトにたどり着きましたよね?

 

僕は「12年の貧乏生活」「自己投資1,200万円」「借金生活6年」「失業保険3回受給」「転職・失業10回」という貧乏人生経験をしてきました…。

 

 

そして、そんな「ダメダメな未熟者から一人前の起業家に到達した人生」を赤裸々に語ることで「あなたの自尊心を復興する気づきを提供していきます♪

 

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この記事を通して少しでも「ラクで快適な人生を作るサポート」をするので、ぜひ参考にしてください♪

 

この記事を読むメリット

「自分を大切にするコツ」が分かり、自尊心(誇り)が高まる

辛いのは自分だけじゃないという安心感が手に入る

1mmでも今の現実を変えようという“勇気”と“情熱”が手に入る

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快適・幸福な未来を引き寄せるコツ

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諒

ではまずはじめに、快適・幸福な未来を引き寄せるコツについてご紹介していきます。

 

成功は意図(覚悟)9割・方法1割

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僕は24際で「月収100万円達成!」と願望を掲げてから、12年間貧乏だったのですが、その中で学んだことは「成功は意図(覚悟)9割・方法1割」という真実です。

 

つまり「理想の願望を達成する!という覚悟がほぼ全部であり、方法はほとんど意味ない」というわけです。

 

 

そのため、覚悟が決まるまで転職を10回も繰り返し、ネットワークビジネスに7年取り組んでも成果0で、さらにアフィリエイトも5年近く月3万円を超えられなかったのです。

 

つまり、言い換えると「何がなんでも月収●●万円は死守」などの意図(覚悟)が決まれば、アフィリエイトでもFXでも、方法は何でも良いから達成できてしまうわけです。

 

復縁したいのであれば「●月までに復縁する!」という絶対的覚悟が固まれば、結果を引き寄せれるわけですね

 

 

実際、僕は「いつかは月収100万円達成したい!」という覚悟から12年経って「もういい加減達成する覚悟ができた!」という決意が固まって成功しましたからね♪

 

※ちなみに僕が成功に12年もかかったのは「ライン作業バイトというド底辺から成り上がったから」なので、師匠のように起業して3年〜5年で達成する人もいます

 

成功短縮はブレーキ減+アクセル増

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そして、12年かけて「求める成果」に到達した僕から言えるのは「成功短縮はブレーキ減+アクセル増が必要」という事です。

 

僕は師匠に弟子入りしてから何度も、成功のコツを以下のように教わっていました。

 

師匠から教わった成功者の感覚

人生成功のコツは「自分にはできないというネガティブなブレーキを緩める」ことと「自分は理想の人生(成功)を生きて当然という感情に近づくため、アクセルを強く踏むこと

 

このようなマインドを大切にしなさいと言われ続けてきました。

 

 

そして、僕の場合は「“エンジンこそ高出力”なのに、過去のトラウマが強烈でサイドブレーキ100%(全然進めない)状態」だったから成功に12年もかかったのです。

 

そのため「理想の未来記憶(ヴィジョン)を明確化する」「不満な現実を引き寄せる過去記憶(トラウマ)を浄化する」ことで成功が可能だと、あなたにお伝えできるのです♪

 

ブレーキ緩和=過去記憶浄化

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まずは「どうせ自分なんて理想を生きれない…。」という自己否定(ブレーキ)を外すために、ブレーキ緩和=過去記憶浄化に取り組む必要があります。

 

ちなみに、心理学の世界では「両親との関係が不健全」だと、以下のような問題が起こると言われています。

 

ネガティブな現実が発生する過去記憶の原因

父親との関係が不健全な場合「父親は仕事・お金の象徴」なので、それに何らかのストレスが発生し続ける

母親との関係が不健全な場合「母親は人間関係(友人や恋人)の象徴」なので、それに何らかのストレスが発生し続ける

 

両親はこのような「象徴」となので、家庭という「社会の最小単位」で構築した価値観が基準となって、社会に出ても同じ付き合い方になるのです。

 

そのため「お金や経済問題は、父親との関係改善」「友人や恋人などの人間関係問題は、母親との関係改善」で浄化できると言えるのです。

 

歪んだ親子関係トラウマ(父親)

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ちなみに、歪んだ親子関係トラウマ(父親)で「12年間の貧乏生活を引き寄せ続けた原因」が、手首を切って自殺しようとした17歳の時のトラウマです。

 

当時の僕は「高校3年生の受験生」であり、高校も通学最低限にして「毎日受験勉強に没頭」していました。

 

しかし「受験経験者は周りに誰もいない(高卒の父・母)」環境でストレスが頂点に達し、妹2人が談笑している時にイラッとして「おい、静かにしろよ」と部屋の扉を蹴ったのです。

 

 

その時は運悪く休日で、両親ともに家にいたのですが、父親が俺の部屋に入ってきて「お前が全部悪い!」というスタンスでうるさく怒鳴りつけてきたのです!

 

その出来事に対して「なんだよ?お前が大学行けって言うから頑張ってるのに、何で寄り添いじゃなく叱るだけなんだ?」と、再びイラッとしたのです。

 

そして、怒りがガマンできずに自分の部屋の障子を殴りつけたら、今度も親父が部屋に入ってきて、俺を羽交い締めにしてこう言ったのです。

 

親父が言った一言

お前は俺の息子だろう!?何やってるんだ?

俺の内面→クソ親父が大学行けって言うから頑張ってるのに、ガミガミうるさいわ、意見は言わせないわ、頑張ってるなの一言の褒めや労いもないわ。死ねよクズ親父

 

そんなドス黒い感情が湧いたのですが、当時一切父親への反論が出来ないように自尊心を抑圧されていたので、悔しくて泣き崩れたのです。

 

そして、釣りで使っていた「多目的に使えるツールナイフ」を机から取り出して、手首に当てて自殺しようと試みたのです…。

 

 

結局、寸前のところで踏み止まれましたが、その時から「イヤなことがあったら手首を切りそうになる」という負の習慣が染み付いてしまったのです。

 

そのため、これ以降「何らかの意見表明をすると“諒一ぃぃ!”と親父にド叱られるイメージ」がどんどん強化されていきました…。

 

 

その結果「新規開拓の営業でド叱られる毎日」「上司とケンカしてクビになる」「思い通りの現実が作れず貧乏な不安定生活」が12年も続いたのです。

 

歪んだ親子関係トラウマ(母親)

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そして「女上司とのトラブル」「恋人と長続きしない」という原因を生んだ歪んだ親子関係トラウマ(母親)は「母親に縛られて反省させられたトラウマ」です。

 

ぼくは彼女と別れたり、音信不通になる原因として、「好きだよ」「愛してるよ」と本音で伝えられずに、自然消滅してしまうことが多かったのです。

 

そのため「なぜ自分が本音を伝えるのが苦手だったのか?」を真剣に考えて、過去のトラウマを思い出したのです。

 

 

僕は幼少期に母親に反抗した時に、手足を青色のビニールテープで縛られて反省させられた結果「女性に感情を出すのが恐怖」「束縛がイヤ」になったのです。

 

歪んだ親子関係トラウマ(両親)

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そして「派遣などの不安定引き寄せや、失業保険給付を受け取る原因」となったのが、歪んだ親子関係トラウマ(両親)の記憶です。

 

小学生の記憶だと思いますが「自分に正当性があるのに親父に怒られまくって、思わず家出した」のです。

 

とはいえ、夜中に小学生が家出するといっても「せいぜい家から数百メートル程度離れる程度しかできなかった」ので、結局諦めて泣きながら家に帰ったのです。

 

 

しかし「両親を心配させて仕返しできた」「ハグされて愛の実感を得た」ことから、無意識に「腹が立ったら家出で仕返し!」というトラウマを形成したのです。

 

そのため、実家に帰ってからも同様の現象を引き起こし「お前らの育て方に問題があったから、俺はこんなに苦しんでいるんだぞ!」という仕返しを続けました。

 

実家で表面化した現実問題

貯金約50万円を持って実家に戻ったが、アフィリエイト収入が月3万円を超えずに、ずるずる貯金が減って底を突いた

お金が底をついた所でコロナ10万円給付を受け取り、多少生き延びたまた底を突いた

親から20万円の支援を受けたものの、再びずるずる貯金が減っていって、また底を突いた

メルカリで売ったりしながら身の回りを徹底的に断捨離してお金を作ったが、また底を突いた

 

このような「お金が底をついたらどこかから補充される」という繰り返しが「人生が死ぬ寸前しか生きられない引き寄せの根底」という確信を得たのです!

 

その結果、ある意味開き直って「父親へのトラウマ」「母親へのトラウマ」「両親や親の家への仕返しトラウマ」と2年半ほど格闘し続けたのです。

 

理想の人生は未来記憶の蓄積

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次に「本当はどんな人生を生きたいか?」を明確にして、その生き方を確立するためには「理想の人生は未来記憶の蓄積」が必要だと知ることです。

 

例えば僕は、以下のような願いを心の中で思ったり、それを叶えてきた経験があります。

 

理想の人生の書き出し例

お金=今は月収20万円だけど、本当は月収30万円くらい欲しい

時間=起業独立とまではいかなくても、毎日定時で帰れる人生が良い

人間関係(恋愛)=おっぱい好きな自分としては、本当はGカップ以上の彼女と付き合ってみたい

健康=健康に良い食事を食べたいけれど、月に1〜2回は美味しい焼肉も食べたい

 

このような「本当はこんな人生が良い」という成功イメージを頭の中で描き、それが叶った情景を毎日繰り返し思い浮かべてきた結果、それらを達成できたのです。

 

そうすることで「車でいうアクセルを踏む力が強くなる」ので、その現実に近づく引き寄せを加速できるわけですね♪

 

僕の人生アクセル加速体験談

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ちなみに僕の人生アクセル加速体験談である「月収100万円引き寄せ成功原因」が「爺ちゃんから貰った100万円の記憶」です。

 

具体的には「大学2年生進学時に、じいちゃんから大学入学・進学祝いとして100万円を貰った(車の購入費使用)」という記憶を思い出す習慣を取り入れたのです。

 

その結果「社会は僕に毎月100万円くれる。なぜなら過去に爺ちゃんから貰った経験があるから」という未来記憶が強化され、現実化できたのです。

 

 

そのため「理想の人生で引き寄せたい未来がある」のであれば、その成功状態イメージを日々想像することで、達成しやすくなるのです。

 

※このような、未来で手に入れたい経験が過去になければ「動画や映画を見る」など、補完イメージを手に入れればOKですよ♪

 

ヒーローズジャーニー

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そして「成功って何?」と疑問に思われる場合に備えて、ヒーローズジャーニーを参考にご紹介しておきます。

 

※ヒーローズジャーニー(英雄の旅)とは「神話学の権威・キャンベル氏」が世界中の神話を研究した結果「ヒーローには12個のプロセスがある」と発見した提唱

 

■ヒーローズジャーニーの12段階

ヒーローズジャーニー

 

近年でも「ロードオブザリング」「スターウォーズ」などハリウッド超大作や、日本でも「千と千尋の神隠し」「ドラゴンボール」がこのプロセスで大ヒットを記録しています。

 

そしてヒーローズジャーニーは映画の世界や一部の成功者の話ではなく「本来誰でも現世で体験する“可能性のある”成功物語」だと思っています。

 

 

例えば「僕の12年間の貧乏生活から月収100万円になるまでのプロセス」を当てはめてみると、以下のようになっています。

 

僕のヒーローズジャーニー

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1、平凡な日常22歳まで実家暮らし何不自由ない生活

2、非日常への誘い=新卒入社した自動車営業マンを3ヶ月退職して自信喪失

3、非日常の拒絶社会が怖くて公務員試験を受験するも失敗、その後「今までと違う生き方」を模索

4、師との出会い30代前半で月収100万円超えを達成した起業家と出会い憧れた為弟子入り

5、事件を機に冒険開始両親から「起業なんて気が狂ってる!」と叱責され、実家独立&上京を1年計画で実行

6、修行・仲間・宿敵との出会い=事務・営業・WEBライターにSTEPUPしつつ、師匠に弟子入りした仲間と励まし合いながら、8年間で社会人の自尊心を積み重ねていく

7、最も危険な場所・敵への接近=人生最大の課題が「両親を倒すこと」と気付き、32歳で名古屋帰省

8、最大の試練=2年近く両親と口論を行いトラウマ浄化達成して、両親との心理的和解を達成

9、報酬=「一流のビジネスマンとしての自尊心(誇り)」を報酬として受け取る

10、帰路「会社員の生活圏に入ると居心地が悪い」「自尊心を傷つける人が近くにいると疲れる」など、今までの生活スタイルから外れる

11、復活「一流のビジネスマンとしての自尊心(誇り)」を社会還元することで月収100万円を達成

12、宝を持って帰還=「強烈な影響力のある男として、日本景気の誇りの柱となる」という志を胸に、日本人の自尊心の復興を掲げる日々をスタート

 

このようなヒーローズジャーニーを12年かけて達成したのが、今の僕と言うわけです。

 

 

そして、ここから僕の社会人人生12年のストーリーを紹介していきますが、割愛すれば以下のステップアップになります。

 

僕のヒーローズジャーニー割愛

ニート脱出編=【22歳】で自動車営業を3ヶ月で辞めてから【24歳】工場ライン作業バイト後上京まで

1人前の社会人編=【25歳】で事務職スタートしてから【27歳】で上場企業営業マンへ転職まで

上場企業社会人編=【27歳】で上場企業営業慣れしてから【29歳】で天職への転職決断まで

副業チャレンジ編=【30歳】でWEBライター転職してから【32歳】で天職経験値蓄積完了して帰省まで

起業チャレンジ編=【32歳】で実家に帰って両親と闘いながら【35歳】月収100万達成まで

 

このような体験談をご紹介しますので、全てご覧戴くのもアリですし、ご自身に役立つステージを読んで戴くのもおすすめですよ♪

 

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【22歳】会社員人生を諦めた3ヶ月退職

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諒

僕の人生は【22歳】会社員人生を諦めた3ヶ月退職という情けない始まりからスタートしたので、そこからお話ししていきます。

 

手取りを貰って愕然とした4月

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僕は「名古屋で“社員200人程度の軽自動車販売会社のルート営業マン”」として、手取りを貰って愕然とした4月からスタートしました。

 

正直言って、当時の僕は「転職活動を舐めていた」ので「車好きだから車の会社」「文系大学卒で口が上手いから営業」「楽そうなルート営業マン」という程度で就職しました。

 

※実際「就活は自動車営業募集3社に応募して、2社最終まで受かったので、1社に絞って内定獲得」という流れで、全然活動しませんでしたから…。

 

 

そして、入社前は気付かなかったのですが、年収は「基本給20万円(別途インセンティブ)+賞与年2回」で、入社前に「実家暮らしか?」を事前確認されていたのです。

 

それを最初は疑問に思っていなかったのですが、入社して初任給を貰ってから真実が分かりました。

 

なぜなら入社後に「社員自家用車制度」「確定拠出年金」という別途支出金額が発生したので、想定以上に手取りが少なかったのです!

 

入社当時に実家暮らしか?確認された理由

基本給20万円-各種税金(約3万円)-確定拠出年金(約1万円)-社用車購入維持ローン(月3万円)=手取り約13万円

 

このように「アルバイト+αの月収」しかなかったので、入社1年目に一人暮らし生活はほぼムリだったのです!

 

もちろんインセンティブ達成により、約5万円程度上乗せすることができる見込みがあったのですが、それでも約20万円程度でしたから…。

 

社員自家用車制度について、トヨタは「月5千円程度」で車を全て管理できたそうなので、組織規模によって各社員の負担は異なるようです

 

半泣きの4月後半〜5月前半

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そして「入社1〜2週間は本社で軽く研修を行い、その後は2週間各支店で挨拶回りを行う」という慌ただしい4月前半を終え、半泣きの4月後半〜5月前半となりました。

 

なぜなら、僕は4月で挨拶回りを済ませた場所を中心に、係長からは「とにかくパンフを変えに行ったり、顔を見せてこい!」という指示しかなかったのです…。

 

そして、案件の話が出たら「モータース屋の社長と係長を繋いで、値引き交渉を依頼する」という繰り返しでした。

 

 

しかも不運なことに、僕は「名古屋でも治安が悪いエリア担当」となり「気性の激しい取引先VS係長」に挟まれたので、胃が痛かったことを覚えています…。

 

その上「前任者がムチャクチャな値引きで台数を稼いでいた担当地域」だったので、係長に確認するたび、なぜか俺がキレられたのです!

 

「なんだその値段は?!」「そんなに割り引いたら赤字だってクソジジイに言っとけ!」といった繰り返しで、僕は間に挟まれてオロオロしていました。

 

 

挙げ句の果ては、僕の入社年は「リーマンショックが直撃」し「どこを回っても怖い社長がピリピリしてる現場」だったのです。

 

しかも、担当エリアに「極道事務所」が何箇所かあったのもドキドキで、毎日ピリピリムードだったこともストレスでした…。

 

不眠で退職を決めた5月〜6月

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そして、当時は「実家暮らし・彼女なし・親や上司には全てYESマンで自分に自信なし」というダメ人間だったので、結局不眠で退職を決めた5月〜6月を経験しました。

 

幸か不幸か?「自動車王国・愛知+担当エリアは売り上げが上がった」のですが、それが僕のストレスを加速させたのです。

 

確認が未熟でキレられた経験

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まず退職を決めた出来事の一つに、確認が未熟でキレられた経験があります。

 

僕の場合「個人で各モータース屋を回るルート営業」だったので、営業所に帰っても受注や発注作業を教えてくれる人間がいなかったのです。

 

もちろん、最初に「発注を専用システムに入力する方法」は教えてもらいましたが、それ以降聞ける人が周りにおらず、発注が中々スムーズに出来なかったのです。

 

 

そのためある時は、取引先のベテラン営業マンに「追加料金なしのピュアホワイトor追加料金ありのパールホワイト」を確認した時に、説明不足でキレられたりしました…。

 

キレられた体験談

僕=車のお色は白で良いんですよね?本当に白で大丈夫ですか?白ですね?白なんですね?

取引先=チッ!何回も同じこと聞きやがって?あぁ?白ったら白だ!そんなことも分からんのか!?何回も言わせやがって、ウゼェな!テメェ!

 

このように何度も「同じことを聞いてしまい、本当に聞きたかった“無償or有償”のどちらか?」を聞きそびれたのです。

 

そして結局「無償のほうの白」だと勝手に決めて納車をしたのですが、納車後しばらくは「色が違うぞボケ!」といったクレーム電話が来ないかヒヤヒヤしましたし、その後電話恐怖症にすらなりました。

 

取引先の車にぶつけてパニック

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受注処理以外に、取引先の車にぶつけて夜がパニックになった経験も鮮明に覚えています。

 

具体的には挨拶回りで訪問したモータース屋で車に擦ってしまったため、その日の夜は「怖くて動悸が早まるわ、うつになりそうで凹むわ」で涙が止まらなかったのです。

 

 

しかし「銀色の擦れが付いちゃったから、絶対バレてるだろうな…」と思って、ドキドキしながら翌日謝罪訪問に伺ったのですが、何事もない雰囲気だったので隠したのです。

 

※とは言えこの数日間は、毎日「会社や携帯に取引先から怒鳴り声が飛び込んでくる恐怖」で、気が気ではなかったですが…。

 

先輩の一言で退職を決意

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そして、このようなストレスフルな環境で極め付けとして、先輩の一言で退職を決意しました。

 

それは5月下旬のある日、たまたま営業所で食事のタイミングが一緒になった10年上の先輩と会話していた時のことです。

 

3ヶ月で退職する気持ちになった引き金

10年上の先輩が毎日カップラーメンなので、理由を質問したら「俺のお小遣いは月3000円食費込みなんだよ…」と言われ、10年後に幻滅した

 

この先輩は「僕が配属された営業所の次期係長候補」であり、優秀な人という認識を持っていました。

 

しかし「同期の女性と結婚して子供4人目を授かり、しかも奥さんは専業主婦」というカツカツ家庭で生きていたので、僕の学生時代よりお金がない人だったのです…。

 

 

「え?こんなに辛く苦しい状況を10年経験したら、大学時代より貧乏になるの???」と頭の中が真っ白になり、計り知れない絶望を感じたのです…。

 

このように「強い人巡りのストレス」「10年後の姿に恐怖を感じた」のが決め手となり、営業所に休日赴いて「辞めさせて下さい!」と泣きながら所長に宣言して、辞めたのです。

 

転職先も1〜2週間で退職

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そして、勢いで辞めた後に急いで転職先を探した結果、7月1日付けで転職先(結婚式場のカメラマン)が決まったのですが、結局転職先も1〜2週間で退職しました。

 

具体的には「好きなことを仕事にしたい!」と思い、趣味のカメラ経験を活かして「結婚式場のカメラマンベンチャー会社」に転職できたのです。

 

 

しかし、今思えばベンチャーあるあるですが「オフィスはマンションの一室で、就業規則が全然ない会社」な上に、毎日超過労働で「これ会社?」とビビったのです…。

 

その結果無断欠勤→携帯に数十回電話が来る→家に上司が来る(当時実家暮らし)→社長面談になるという流れになりました。

 

そこで社長から直接色々罵詈雑言を浴びせられ、土下座して謝りましたが、数時間後に「クビです」と連絡を受けて失職しました。

 

自殺を考えながら1ヶ月引きこもり

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そして、短期離職2回という職歴を背負った恐怖とトラウマで、自殺を考えながら1ヶ月引きこもりを経験しました。

 

何もする気になれず「昼に起きる→飯を食ったらベットで寝転ぶ→ゲームやTVは親に怒られるのが怖いから触れない→ひたすらベッドで心を殺す」という生活を続けたのです…。

 

 

そして、その絶望生活が1ヶ月ほど過ぎた頃に、親から「社会が怖いなら、公務員試験を受けたらどうだ?」と提案されたのです。

 

その申し出に「藁(ワラ)にもすがる思い」が芽生えた結果、その提案を受け入れて、9月から公務員予備校生の人生をスタートしました。

 

修行と定めた公務員予備校生時代

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そして、修行と定めた公務員予備校生時代は「自分に自信をつける」ことに一生懸命でした。

 

具体的には、以下のような生活を半年ほど続けたのです。

 

僕が公務員受験時に取り組んだこと

朝3時30分起きで新聞配達員

8時〜9時から予備校勉強

授業や自習を21時に終えて就寝という睡眠3〜4時間生活

 

そして「22〜23年生きてきて一番頑張った経験」を全てぶつけて公務員試験を受験したのですが、結果は不合格だったのです。

 

 

しかも「BESTを尽くした県庁職員受験が“1500名中合格者250名で、自分は260位辺り”」だったので「やり切った感」が出てしまいました。

 

そのため「このまま社会に戻っても、ディーラーを3ヶ月で辞めた時の繰り返しになる」と危機感を感じて「今までと違う選択肢を獲得する」という半年間にシフトしました。

 

これが「30代前半で月収100万円を達成していた、ネットワークビジネスの師匠」との出会いにつながっていきます。

 

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【23歳】ネットワークビジネス体験談

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諒

では次に、【23歳】ネットワークビジネス体験談についてご紹介していきます。

 

一流を学ぶ為にビジネス参加

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このような状況に陥った後、ネットワークビジネスには一流を学ぶ為にビジネス参加しました。

 

先ほどまでお伝えした通り、僕は当時「自動車営業マンを新卒3ヶ月で短期離職+結婚式場のカメラマンを1週間退職+公務員試験受験も失敗」で、将来に悩んでいました。

 

愛知県庁職員になるという目標を掲げて、1年間ガムシャラに勉強したのですが、それでも合格できなかったので、来年も再受験するか?を考え葛藤する日々でした。

 

 

そのため「今までの自分にはない選択肢を獲得する」という目標を立てて、半年間で以下のようなチャレンジを実践したのです。

 

僕が公務員受験失敗後に取り組んだこと

2010年7〜8月頃=大学時代のゼミの先生に頭を下げて、ゼミ合宿に卒業生として参加させてもらった(仙台の自然学校ボランティア)

2010年7〜8月頃=同じく大学時代のゼミの先生の紹介で、海外旅行専門会社に勤める先輩を紹介してもらったり、キリスト教の礼拝に一緒に参加した(ゼミの先生はクリスチャン)

2010年8月頃海外旅行専門会社に勤める先輩の紹介で、海外青年協力隊参加を目指しながらカフェ経営する男性を紹介され、そこで人脈を広げる(ここでネットワークビジネスの紹介者と出会う)

2010年9月頃海外旅行専門会社に勤める先輩が企画した「タイの山岳民族向け支援ボランティアツアー」に参加(僕以外の約10名は全員学生)

2010年10月末毎週教会の礼拝に3ヶ月ほど通い続けた頃「りょうも洗礼を受けてみないか?」と牧師様に誘われ、洗礼を受洗

2010年11月貯金が底をついたのと、社会人経験慣れをする意味もあり、工場のライン作業でアルバイトを開始

2010年11月頭ネットワークビジネスの紹介者とその師匠と数回お茶をさせてもらった中で「君と一緒にビジネスをやったら面白そう♪」と勧誘され、事前告知を受ける

2010年11月末日ネットワークビジネスの事業説明会に日を改めて参加し、副業・企業挑戦すると決意

 

このように、今までの人生選択肢にはなかった「海外ボランティアツアー」「キリスト教での受洗」「ネットワークビジネスの勧誘」を経験したのです。

 

参加決意した理由

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ちなみに参加決意した理由ですが、簡潔に言えば「紹介してくれた人々の社会的地位と人間性が素晴らしかったから」です。

 

僕にネットワークビジネスを紹介してくれた人々

紹介してくれたディストリビューターは「某国立大卒業後に、某大手財閥系重工業会社のエンジニアとして勤務していたエリート

紹介者の師匠は「国立大学卒業後に、大手自動車系部品メーカーのエンジニアとして活躍後、20代後半でネットワークビジネスを軸に独立、さらに30歳前半にして月収100万円を超えたエリート

 

このような経歴の面々が紹介者だったわけです。

 

そもそも、当時の僕は「実家暮らし」「社会人歴ほぼ0」というダメダメ君だったので、同じ生活レベルの人の紹介なら、きっと参加していなかったでしょう。

 

しかし社会人として立派に生きていた紹介者や師匠のように「一人前の立派な社会人になりたい」という願望が沸き上がったので、参加したのです。

 

 

そして参入決意を決めたのは「これから僕は、東京にビジネス拠点を広げて、自分と仲間を信じ、可能性を広げ続ける」と、師匠に宣言されたことです。

 

当時の僕は「“現状が悪くならないか?”」を考え続けていた一方で、紹介者たちは「“いかに現状より良くなるか?”」を考え続けていたため、そのギャップに惚れたのです。

 

成長

 

正直言って、この人達が「ベンチャー企業勧誘やNPO設立」などであれば、それに参入していたでしょう。

 

しかし、当時若輩だった僕が「この人のように堂々と生きたい!」という願望を胸に抱き、それを実現できた点では、ネットワークビジネスに感謝しています。

 

未知の大人と出会い衝撃を受けた

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未知の大人と出会い衝撃を受けたのも、ネットワークビジネスへの参加覚悟を決められた要因です。

 

そもそも当時は、参加覚悟こそできたのですが「組織の全体像が分からないという不安」も感じていたのです。

 

※なぜなら、当時名古屋で教わっていた師匠は「名古屋での責任者的地位」であり、その上に「数千人を統括する大師匠がいる」という話だったため

 

 

そんな不安の引き寄せもあってか?参加宣言した数日後に紹介者から「東京で大師匠と会えるチャンスがあるけど、行かないよね?」と聞かれたのです。

 

当時の僕は「新幹線も夜行バスも一人で乗ったことがない人間」だったのですが、思わず「行きます!」と宣言し、東京に日帰りで行きました。

 

 

そして、その時の出会いと経験が、僕の中で「ネットワークビジネスの印象は悪いけれど、この人達の元で学んでみたい」と思わせてくれたのです。

 

大師匠に出会って衝撃を受けた体験

大師匠は主婦から社会人経験0でネットワークビジネス成功者になった女性(自分と息子を守りたいという使命感)

名古屋から上京した女の子が、弟子入り理由を話して泣いていたら、その大師匠も“もらい泣き”で号泣していた

タクシー移動時に、大師匠は一番下座(後部座席の真ん中)に率先して座って下さった

最後の懇親会で「何の社会的功績もない僕」の話を、数十分も真剣に聞き続けてくれた

 

お会いするまでは「組織数千人のTOP」という先入観が強かったのもあり「偉そうで上から目線の怖い人なのかな?」と構えていました。

 

※実際、組織数千人のTOPといえば「上場企業の社長並み」なので、偉そうで高圧的でも不思議はありません

 

 

しかし、実際に会ったら「新人の話に泣きながら共感」「自分が一番気配りするんだ!という覚悟が滲み出ている」など、人柄がステキ過ぎて、印象が180度変わったのです。

 

「大組織のTOPが新人の話にもらい泣きするか?」「俺のことをただの金儲けの雑兵と思ってたら、何十分も真剣に俺の目を見て話を聞けるか?」と自問自答した上で確信したのです。

 

結果的に「こんな輝いている女性がTOPのチームなら、現状をより良くするために参加すべきだ!」と覚悟して、チームに参画したのです。

 

何度も救われた経験

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そしてネットワークビジネスのチームには「24歳〜31歳の7年間」お世話になりましたが、心が折れそうになったり、挫けそうになった時に何度も救われた経験もあります。

 

何度も救われた経験

生活苦で「名古屋に帰ろうかな…。」と悩んでいた時、たまたま大師匠と会う機会があり、一言「良い男」と目を見て褒められ、勇気付けて貰ったこと

営業職に再転職したのに、毎日泣きながら営業人生を歩んでいた時、師匠に何度も飯に連れてってもらって愚痴を聞いてもらったこと

紹介者ディストリビューターが、仕事や人生で悩んだ時に何時間も一緒に語り合ってくれたこと

いつかは「大成功しような?」と励まし合った同期が、今では別の仕事で各々成功している事実(不動産業や、運送系事業で成功)

 

このような支えがあったからこそ「既卒で東京上京転職」したり「大嫌いだった営業マンの仕事への再チャレンジ」を成功できたのです。

 

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【24歳】工場のライン作業体験談

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諒

僕の会社員人生再スタートは、【24歳】工場のライン作業体験談から始まりました。

 

ネットワークビジネス開始

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当然ながら「ネットワークビジネスは親に猛反対された」ので、実家で居心地の悪い思いをしながら「月10万円×6ヶ月貯金を達成」して、ネットワークビジネス開始しました。

 

そもそも、親元でネットワークビジネス参加はムリだったので、半年間はお金を貯めた後「2011年4月に名古屋の金山で一人暮らしをスタート」させたのです。

 

 

そして、弟子入りの通過儀礼が「ネットワークビジネス会社への入会+商品購入費用24万円」「チームが開催するセミナーで学ぶ」だったので、その自己投資を実践しました。

 

当時は「10万円以上の商品を買ったり、お金を使ったことがほぼない人間だった」ので、本当に一念発起でした…。

 

しかし、そのおかげで「工場で時給1150円のライン作業バイトという立場」ながら、一流のビジネスマンの師匠に、ビジネスを学ぶ機会を得たのです!

 

 

そして、その結果「親から独立して生活していく」という、大人の責任感と自尊心を育み始めることに成功しました♪

 

社会人リハビリ(3ヶ月〜1年)

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そして工場のライン作業では、社会人リハビリ(3ヶ月〜1年)を実践しました、

 

僕は名古屋にある「某財閥系企業傘下の電気会社」で「企業向け大型機械製作の工場ライン作業」に1年ほど勤めました。

 

当時は「23歳既卒でほぼ職歴なし」でしたが「Aの棒をBに置く」といった簡単作業タイムを図られて合格採用できるレベルの仕事から、リハビリを始めたのです。

 

 

そして配属された部署では、大型機械を動かす基盤に「特定の部品を並べていく作業」をする工程に入りました。

 

機械

 

入れ間違えると次の作業の人が気づいたり、最終通電チェックで不良品だと分かるので、まず劣悪品が出回ることもなく、安心して作業に取り組めました。

 

とはいえ、最初はラインのスピードに付いていけずに四苦八苦しましたが、3ヶ月も継続していたら自然と慣れてしまい、勤務中に眠くなる位でした(笑)

 

高額研修で東京上京を決意

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そして、そんな社会人リハビリを行う中で「2011年8月上旬」に初めて参加した高額研修で東京上京を決意しました。(価格は随時変動)

 

■ASKアカデミー・BASICコース

BASICコース

出典:ASKアカデミー

 

そして、僕はこの研修に参加して、以下のコメットメントをしたのです。

 

BASICコースで決めたコミットメント

月収100万円を達成する

一流のビジネスマンになる

 

そして、このコミットメントは「名古屋で工場ライン作業バイト」では到底到達できないと思い、一念発起して東京上京を決めたのです!

 

※あとは、師匠が名古屋から東京入りしていたのが大きいです

 

一通りの工程を経験(1年程度)

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そして、東京行きを覚悟した辺りから、他の作業も覚えてほしいということで別工程も対応し、一通りの工程を経験(1年程度)しました。

 

※ちなみに各仕事は「基盤に部品を置く→基盤を通電させる鉛の余分な部分を専門機械でカット→プラスチックの外枠組み付け→通電チェック」といった作業工程でした。

 

 

そして一人暮らし用品を購入した後、50万円ほど貯まった10ヶ月目に上長へ「仕事を2ヶ月後に辞めます」と報告したのです。

 

大島くんは良く頑張ってくれるし優秀だから、社員になる道もあると思ってたんだけど…。」と残念がってもらえましたが、結局1年で辞めました。

 

もちろん正社員であれば、その後「ラインリーダー→マネージャー」というステップがあったのでしょうが、僕はその流れに乗っていなかったので、退職できたわけです♪

 

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【25歳】東京上京体験談

目次

 

諒

そして、工場のライン作業で貯めた貯金を使って東京に上京した、【25歳】東京上京体験談が始まりました。

 

失業給付なしで日雇いバイト生活

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その後は「2011年11月に友人宅に転がり込んでアパートだけ契約」「翌12月に上京して転職活動」という状況に陥り、失業給付なしで日雇いバイト生活に苦しみました…。

 

失業保険は「正社員なら1年以上or派遣や契約社員なら半年以上の雇用保険支払い実績が必要」なのですが、その資格がないまま辞めてしまったのです。

 

※正社員の場合も「2ヶ月〜3ヶ月の給付制限が付く」ので、十分な貯金がなければ僕と同じ苦しみを味わいます。

 

 

その結果「生活費用を稼ぐために日雇いバイトで働きながら転職活動」をしていたのですが、その頃が一番僕にとって地獄の数ヶ月になりました…。

 

日雇いバイトで食い繋いだ僕の地獄の数ヶ月

真冬の11月〜12月に、冷凍食品やおせちなどの運送を極寒の冷凍庫の中で作業手伝い

深夜の運送センターで、「おせーんだよ!次が来るから、さっさとトラック一杯に早く積め!」と怒号を飛ばされ、半泣きになりながら衣料品のトラック詰め作業

極寒の中で分譲住宅の道案内看板持ちを行い、8時間寒さとトイレに行きたい気持ちとの格闘

 

今思い出しても「2度とやりたくない!」と思うようなバイトの数々でしたが、人手の足りないスポット作業に呼ばれるのは、このような泥仕事ばかりです…。

 

悔しかった100円チョコ事件

目次 2

 

そして、勢いで退職して失業保険をもらえず、日雇いバイトで凌いでいた時に、悔しかった100円チョコ事件は起きました。

 

当時は、以下のような金銭面で絶望的な状況だったのです。

 

100円チョコ事件の極貧生活

貯金残り15万円+日雇いバイトで10〜12万円-生活費は月15万円=毎月3〜5万円赤字生活が3ヶ月保たない

 

その為、食事は100円ショップで買ったり、所持品を売りながら生きていたのです。

 

 

そして、日雇いバイトをしていた寒い時期(12月)に「冷凍食品詰めを配送センターの大型冷蔵庫内で行う仕事」をしていた帰りのことです。

 

極寒日に冷蔵庫内作業という「きつい仕事」だったので、帰りのコンビニで「ご褒美があって良い」「今はガマン」という心の葛藤が起こったのです。

 

その結果「プチシリーズの100円チョコ」を買おうかどうかコンビニで悩み続けていたら、いつの間にか小一時間経っていたのです…。

 

 

この「100円程度の買い物に一時間も悩んだ」という事実に愕然とし、その惨めさと悔しさで泣きながら帰ったことは、今でも鮮明に覚えています…。

 

このように「お金に余裕がない時に仕事を辞めてしまうと、非常に惨めで過酷な生活が待っている」のです。

 

※ちなみにその後、ギリギリで事務職採用されて「最悪の事態」を避けることができました♪

 

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【25〜27歳】OA事務職体験談

目次

 

諒

そして日雇いバイト生活を1ヶ月ほど続けた後に入社した【25〜27歳】OA事務職体験談についてご紹介していきます。

 

僕の事務職体験談1年目

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僕の事務職体験談1年目は、六本木一丁目にある「企業向け教育研修サービスを行う会社の営業・講師サポート」で始まりました。

 

仕事は主に以下のようなもので、まさに営業・講師のサポートそのものでした。

 

僕の事務職の仕事経験

研修で使用する本のデータ加工

製本作業

研修教室のセットアップ など

 

そして、入った当初は「室長とベテランヤンキー姉さんが毎日カリカリしながら仕事してる一室」に入ったのですが、まぁヤンキー姉さんの罵詈雑言が酷かったです。

 

※とはいえ、室長が「仕事しない・スグ無茶な案件引き受ける」など、人柄は良いけど仕事能力的にダメダメだったので、ヤンキー姉さんの言うことも正解でしたが…。

 

そして、業務は完全な内勤作業で、毎日があっという間の半年間を過ごしました。

 

 

その後、先輩ヤンキー姉さんが他の部署に異動になるということで、僕にリーダー格としての白羽の矢が立ち、後輩が2人入ってきました。

 

しかし、後輩とは言っても「50代&20代後半の歳上+外注先企業のパートナー」だったので、とにかくケンカや意見の食い違いで、トラブルになった記憶があります。

 

結果として、その人たちも半年後にはいなくなり、新たに本当の後輩が1人入ってきて、円滑に仕事ができるようになりました。

 

研修上級編で営業再就職を決意

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そして、この事務職時代の「東京慣れチャレンジ」と並行して受講した、研修上級編で営業再就職を決意しました。(こちらも受講料は変動)

 

■ASKアカデミー・SEEKコース

SEEKコース

出典:ASKアカデミー

 

そしてこの研修を通して、以下のコミットメントを決意したのです。

 

SEEKコースに自己投資した結果決めたコミットメント

「自尊心」を取り戻し「強烈な影響力のある男」として生きるという自己契約

 

このように、研修参加した結果「自分の自尊心を取り戻さなければならない」という気づきを得たのです。

 

 

そして「強烈な影響力のある男として生きる為に、自尊心を取り戻すには、3ヶ月で辞めた営業職に再チャレンジしよう!」という覚悟が決まったのです。

 

とはいえ、当時は20代後半(26歳)にも関わらず「実質未経験として営業職に職種転換することになった」ため、しばらくは地獄でした…。

 

僕の事務職体験談2年目

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そして僕の事務職体験談2年目は、室長との格闘から幕を開けました。

 

なぜなら、室長は別部屋で仕事していたのですが「製本に必要な用紙の配置」などが全て室長の頭の中にあり、一々聞きにいくのが面倒くさかったからです。

 

そこで、本社の担当営業の方が来た時に「部屋の中を掃除して、誰もが分かる配置にしたいんですけど?」と直談判したのです。

 

 

その結果「確かに仕事効率が悪くなってるし、改善に着手しよう」という話になり、作業部屋の大掃除を行いました。

 

室長も「そこまでしなくても…。」と言っていましたが、作業場が汚い上に各資材の置き場が分かりにくかったので、徹底的にやりました。

 

おかげで作業部屋も綺麗になったし、周りからも感謝されたので、やって良かったなと思いました。

 

 

そしてそれから、勤務1年半が経った頃「安月給(月給20万円+ボーナスなし)」「今後のキャリアが不安」というモヤモヤも、心の奥底に大きくなってきました。

 

そしてさらにこの頃「自尊心を高めるには“3ヶ月で辞めてトラウマになった営業職”に再チャレンジしなければ!」という気づきを得たのです。

 

その勢いもあって、思い切って退職を室長に切り出した後、半年後に退職する運びとなり、実際に営業職への再転職を成功させたのです!

 

 

このような無謀な挑戦をしましたが、今でもあの職場で働いていたら「給料が少ない」「自分に自信がない」という、諦めの人生を送っていたと感じています…。

 

そのため、あなたが「事務職は楽だけど、将来が不安」という感覚を感じるのであれば、僕が転職決断したようなタイミングが来ているのかもしれませんね?♪

 

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【27歳】広告系会社の新規開拓営業

目次

 

諒

では次に【27歳】広告系会社の新規開拓営業についてご紹介していきます。

 

僕は「営業マン3ヶ月退職」のトラウマを克服すべく「大学のゼミ・先生向けビジネス雑誌の新規&ルート営業」に転職したのです。

 

入社1〜3ヶ月はテレアポに葛藤

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入社1〜3ヶ月はテレアポに葛藤した記憶が、今でも強く印象に残っています。

 

当時は中途で転職しましたが「営業職に僕だけ新人扱い」だったので「毎日テレアポして営業慣れする流れ」になっていました。

 

 

しかし「営業恐怖症を治すために実質未経験入社した状態」だったので、その途中に過去の恐怖を思い出し、思わず泣き出してしまったのです。

 

今にして思えば、様々な要因が重なって泣き出してしまったと分かります。

 

テレアポに恐怖を感じていた原因

怒号が飛んでくる

断られることに慣れていない

自信がない

 

しかも、当時は「部長が僕を後ろから見える席」に座っていたので、テレアポをテンポよくやっていないと、叱られたのです。

 

テレアポ中に叱られた例

大島!今日のテレアポノルマまだ達成してないだろ?早く電話かけんか!

 

そのため「テレアポなんて、何のためにやってるんだろう…。」「本当に受注できるんだろうか…。」という不安やストレスと闘い続けていたことを覚えています。

 

初めてテレアポ成功した時

目次 2

 

毎日が苦痛やストレスで一杯でしたが、初めてテレアポ成功した時は、訪問先で涙を流してしまいました。

 

当時の僕は「大学の先生向けビジネス雑誌営業」をしていたのですが、何十件も断られた先にようやくアポを取り付けたのです。

 

その時は、たまたま春休み期間だったのもあって「教授棟にいるけれど、時間はあるのでとりあえず来て良いよ♪」と快くOKを戴けたのです。

 

 

そして僕は、苦痛な毎日の中でようやく前進できたのもあり、最後の10分ほど思わず泣き出してしまったのです…。

 

優しい先生だったのもあって、ティッシュを受け取りながら「よく分からないけど、頑張ってるんだね…。」と諭してもらいながら、パンフを配るアシストも戴きました。

 

結果的に、そこから受注を得ることはできませんでしたが「テレアポ成功体験の第一歩」を確立できたことで、少し前進できたことが嬉しかったです♪

 

なぜか逆売り込みをされる

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成功体験とは逆で、特に不愉快だったのがなぜか逆売り込みをされるという経験です。

 

そこには当然、ビジネス誌を売りに行ったのですが、結果的に飛び込み先の先生から「僕の出す本を作ってください」という逆営業をされ続けたのです。

 

 

「話を聞くよ♪と言って訪問したのに、いざ訪問したらこちらの否定ばかりの後に、自己プレゼンを始める」という最悪な教授でした。

 

「お宅の雑誌は社会人向けなのに、学生に売るなんてナンセンスだ!」と散々否定した後に「自分の本は素晴らしい」という話の羅列でしたからね…。

 

こちらとしても「自分が一生懸命扱っているものを否定した後で、お前の話を聞くと思ってるのか?」と、自己中心的すぎるクソ教授に呆れてしましたから(苦笑)

 

 

その時の苦い経験は「どんな営業先でも、一定数のクズ客はいる」という確信にもなりました。

 

品格がないと1時間説教

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同じく、品格がないと1時間説教されたつらい記憶もあります。

 

僕の勤めた会社は「有名ビジネス系雑誌の会社」だったのですが「そんな有名企業が、時代錯誤で品のないことをするのか!」と怒られ続けたのです。

 

「見た目もヤクザみたいに怖いおっさん」の叱責だったので、帰りに吉野家の牛丼を食べながら、ボロボロ涙をこぼしたことを、今でも覚えています…。

 

初めて受注が決まった時

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とはいえ、初めて受注が決まった時は、嬉しくてガッツポーズしたのを覚えています。

 

僕が当時行っていたのは「大学の先生及びゼミ生にビジネス雑誌購入営業を行うこと」でした。

 

そして、ある先生と信頼関係を構築できた結果「ゼミ生の購入決断を促すために、プレゼンして欲しい」と頼まれたのです。

 

 

その先生は観光系学部だったのもあり、売る予定のビジネス誌から「観光系情報を引用」しながら、一生懸命プレゼン資料を作成して提案したのです。

 

そして、無我夢中でプレゼンし終わった後に先生と別室に戻り、以下のような感謝の言葉を伝えられたのです。

 

テレアポ後に感謝された言葉

友人の中にも「ゼミで何か売らせて欲しい」と頼んでくるのがいるけど、今までは一切断ってました。

 

でも今回大島さんにプレゼンをお願いして本当に良かった♪彼女たちの為になりました♪ありがとう♪

 

このように、感謝の言葉を戴けたことは本当に嬉しかったです。

 

 

結果的に、その先生からは失注でしたが、先生に紹介いただいた別の先生から受注が入り、初めて営業成功体験ができたのです。

 

営業能力不足の為半年でクビ

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このように一生懸命営業に取り組みましたが、最終的には営業能力不足の為半年でクビとなりました。

 

部長から「残念ながらクビが決定しました」と宣告された後は「こんなに頑張ったのにダメだったか…。」と泣き出した記憶があります…。

 

しかし「上場企業で働く営業マンの働き方」に喰らい付けたので、その後「通信IT系の営業マン」として転職成功する足掛かりにできたのです♪

 

中々転職できず親にお金を貰う

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とはいえ、辛く苦しい営業生活に戻る覚悟を固めるのに時間がかかり、中々転職できず親にお金を貰うという、苦い体験もしました。

 

失業保険を貰ったことがあれば分かりますが「働かずにお金を貰える」ので、転職のやる気が起きずに、ダラダラしてしまうのです…。

 

 

例えば、20代なら「3ヶ月間は前職給与の6割(残業代込みの月給)」が貰えるので、月収25万円なら15万円ほど失業保険を貰えます。

 

もちろん多少は貯金がなければやっていけない上に、失業保険受給中はアルバイト禁止なので、余裕がないケースも多いです。

 

しかし、人間は甘やかされるとダラダラしてしまうので、僕も失業保険受給中は真剣に転職活動を行わず、結局貯金が尽きたんですよね…。

 

 

そして「もう生活できるお金がない…」という絶望的状況に陥り、お盆の実家帰省時、イオンのフードコートで泣きながら「お金が無くて困ってる…」と親に伝えました。

 

※この時は、以下のような末路だったわけです。

 

お金に困った末路

勢いで会社を辞めた

失業保険中は仕事を真剣に探さなかった

ラスト1ヶ月で探したけど決まらない

親に泣きついた

 

ハッキリ言って大人としてダメだったと思いますし「事前に転職活動や就きたい適職を明確にして行動」していれば、このような情けない現実は発生しなかったと思います…。

 

そのため、転職する際には「次の働き先を前向きに探しておく」という保険をかけるのがおすすめですよ♪

 

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【27〜28歳】老舗の通信IT系営業体験談

目次

 

諒

そして親から20万円貰った後に転職決定した【27〜28歳】老舗の通信IT系営業体験談についてご紹介していきます。

 

※ビジネス雑誌営業から、IT企業ルート営業に転職成功しました

 

僕のIT系営業体験談1年目

目次 1

 

僕のIT系営業体験談1年目で印象深いのは「無能なまま課長になったババア」の記憶です。

 

それは、準官公庁系の某大手通信企業で営業マンをしていた新人時代の話です(新人といっても27歳頃の話なので、年齢は新人ではなかったです)

 

そこは「上智・早稲田・慶応」クラスの超一流大学卒業生が大半を占め、「記憶力の圧倒的な社員が、新卒から定年まで勤め上げるのが当たり前」という環境だったのです。

 

 

そんな環境に「27歳」で契約社員入社した上「IT系未経験」だったので、毎日「通信IT系知識を吸収する格闘」に明け暮れました。

 

覚える必要があったジャンル

新しく生まれてきたクラウドサービス(Office365/AWS)などの知識

インターネット固定回線(光回線/ADSLなど)の知識

モバイル回線(格安SIM/料金プラン)の知識 など

 

そのように膨大な知識が必要だったのです。

 

 

しかし、社内は「転職者がほとんどいない」という時代遅れの環境だったので、周りは「社内の誰もが業務が出来て当たり前」という態度で迫ってきました。

 

そして、そのような期間を過ごしていたある時「直属の女上司が言ってることが分からない為フリーズ」していた時に、キレられました!

 

怒られた時の発言

あなたにとって何が分からないか?それがもう私には分からないわ!!

 

これを言われた時は僕もイラッとして「こっちも一生懸命にやっとるんじゃ!」と思い、思わずトイレに駆け込み、壁を飛び蹴りしてました。

 

※穴を開けてしまったので、そっと逃げました(翌日シールで直っていたので、良くあることなんだな♪と不思議と安心しました)

 

 

そもそも今振り返れば、僕にとってこの仕事は「苦手な数式・公式を用いた知識を覚える」という一番「自分に合っていない仕事環境」でした。

 

※数学は200点中0点を取るほど、僕は公式や理屈が苦手

 

さらに、万年目標未達という「無能女課長」の下という最悪の状況で働いていたので、ミスが多かった上にメンタルも非常にやられたのです。

 

 

そんな僕の状況を、別のリーダーに相談した結果、別の課長が配置転換して僕を引っ張って下さることになりました。

 

そして、その後は「頼れる男の先輩の配下」に回してくれて、丁寧に仕事を教わることができ、安定して仕事できるようになりました。

 

僕のIT系営業体験談2年目

目次 2

 

そして「カッコ良くて男気ある先輩と課長」の元での1年目が終わった頃、僕のIT系営業体験談2年目から地獄が始まりました。

 

その企業は、僕のように中途契約社員で入った人間がスグ辞めていくのですが、僕は踏ん張って継続していたのです。(1年で10人ほど辞めました)

 

そして、そんなタフさも買われたのと、お世話になった課長が定年退職でチーム解散したため、僕は組織内でも最難関レベルの商材を扱う部署に異動されたのです。

 

 

しかし、そこは「定年退職前の人ばかりが集まる墓場部署」だったのです…。

 

しかも定年退職前ジジイは、面倒なことを任されたくないので、仕事をどんどん僕のような若手に振ってきたわけです。

 

※なぜならその課は「平均年齢50過ぎの定年前組+労働組合幹部もいる」という状況だったので、徹底して会社の仕事を拒否していたのです。

 

 

そのため、会社としては「僕に“定年退職組の案件を吸収”して欲しい」という魂胆だったと思いますが、理不尽さに腹が立ち、結局2年目で辞めました。

 

そもそも、僕は契約社員入社でしたが「ボーナスなし」「昇給確約なし」など、正社員組より明らかに待遇が悪かったのです。

 

 

つまり、会社自体が以下のような構図だったわけですね…。

 

古臭い大企業の問題構図

年功序列で働かない正社員組という既得権益

新卒入社は抑制しつつ、売り上げ拡大+穴埋めに若手契約社員や派遣社員を入社させる

人件費をケチりながら働かせて、正社員をチラつかせながら働かせ続ける

 

※実際退職前に、正社員組の若手同僚数人から「辞めるなんて羨ましいなぁ…。」と言われましたから、正社員じゃなくて良かったと思っています♪

 

副業ブログ独立を目指すが失敗

目次 3

 

ちなみに老舗通信IT系企業を辞めた後、副業ブログ独立を目指すが失敗という結末となりました。

 

具体的には「観光ブログでHPを1年ほど勉強していた為、月3万円×1年=約36万円のブログ高額塾に入会し、その収益化に賭ける」という覚悟で退職したのです。

 

※この時も副業としてネットワークビジネスは継続していましたが、基本的に「ビジネスを学ぶスタンスで利益0」であり、セミナー参加のみでした。

 

 

しかし「最短3ヶ月で収益化!」という謳い文句だったのに、半年以上成果0で貯金も底を尽きかけた為、講師とケンカとなり、結局ブログ独立を諦めたのです。

 

ブログ高額塾の36万円は、ほぼコンサルティング代だったのですが、結局ケンカ後半年以上コンサルを受けなかったので、18万円は無駄になりました…。

 

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【29歳】IT系営業から天職へ

目次

 

諒

そして、副業ブログの起業化失敗した後【29歳】IT系営業から天職へについてご紹介していきます。

 

通信IT系グループ会社へ再転職

目次 1

 

「半年分の高額塾負債」「貯金が残り少ない」という状態で、他に生き方を変える術もなかったので、通信IT系グループ会社へ再転職を果たしました。

 

しかし「とにかくお金がないのでどこでも良い!」という依頼だったので、地獄のような新規開拓営業部隊の職場を紹介されてしまったのです…。

 

 

そもそも、そこは「NTT系固定回線利用者向けのWi-fiルーター販促営業」として急に発足し、中途採用者のみが大半という異質な部隊でした。

 

そして、実態は「組織自体が3ヶ月更新+個人は1ヶ月更新で、売り上げが低ければ即解散」という、決死隊のようなものだったのです…。

 

 

そのため入社前は「既存顧客向けルート営業」と聞いていたのですが、2ヶ月目から「オリンピック特需を狙って、渋谷区飲食店を飛び込み営業」という組織に変わりました…。

 

鬱憤ばらしの怒号が炸裂

目次 2

 

そして顧客リスト管理もずさんで、リスト企業に飛び込んだ結果、鬱憤ばらしの怒号が炸裂という毎日が始まったのです…。

 

その時は、担当エリアのリストを渡されて順に飛び込んでいたのですが、ある企業に飛び込んだ時にド叱られました。

 

ある企業に飛び込んだ時にド叱られた出来事

もうNTT系でルーター買ってあるわ!お前ちゃんと情報確認して営業してこいよ!ふざけてんのか!

 

「NTT系列の他の会社がすでに売り込んでいた」という状況だったと思うのですが、内心「クソだな…このリスト!」と思いましたから…。

 

しかも、その後追加されたリストが「食べログにある飲食店を上から飛び込む」という無茶苦茶ぶりだったので、あまりの扱いの酷さに結局2ヶ月で辞めました…。

 

「金の蔵」「マンガ喫茶マンボー」など、明らかに自社Wifiを導入している場所まで指示が出ていたので、今考えるとアホですね…。

 

 

このように「事前にしっかり自己調査せずに転職」すると、手痛いしっぺ返しを喰らうと痛感した経験となったのです。

 

占いでWEBライター転職を決意

目次 3

 

そして30歳を間近に控え、東京で営業職を続けていくことに嫌気が差した結果、占いでWEBライター転職を決意という引き寄せを経験しました。

 

元々上京目的である「一流のビジネスマン」は上場企業営業経験3年で達成したと思ったので「月収100万円」は諦めて名古屋に帰ろうとしていたのです。

 

※ネットワークビジネスも7年ほど続けましたが「そもそも一流のビジネスマンになる勉強場所」と思っていたので、それも辞めるつもりでいました(成果0でしたし)。

 

 

しかし、名古屋に帰ると師匠に報告すると、兄弟子経由で「帰る前に、スピリチュアル系の占い師を紹介するから、最後に相談したら?」と言われ、それに従ったのです。

 

そして「帰る前に心の整理をしておくか…。」と思い訪問した結果、以下のような相談結果を得たのです。

 

スピリチュアル占いの相談結果

★1,実家はお父さんの影響力が強すぎる為、仮に帰ったとしても大島さんは好きな仕事ができない。

 

成長ができなくなる、お父さんが結果的に帰ってくる選択は悲しむ、お父さんに及ばず死ぬという結果を生みます。

 

 

また、今日から2年間程のキーワードで「復興」というワードにピントが合います。

 

東京にいるべき点はここにもある。名古屋に帰るとそれができないのでなんとしても残るべき。

 

 

★2,大島さんは前世は新聞がない時代の情報誌を作っていた人

 

過去生は料理人で皆に料理を振舞って喜んでもらっていたイタリアンかヨーロッパあたりの料理人

 

営業の仕事を通してもご存知のように、好きでない仕事は続かないし、自分がやりたいことをやれているのが幸せで人に真の愛で関われます。

 

 

また「本」というキーワードにピントが合うので、情報収集力、本を読む、書くという能力を持っているので本に関わる仕事を探す事をオススメします。

 

その能力は、是非仕事で貢献し役立てるべきです。

 

この結果は思っていた未来と全然違ったわけですが、それを踏まえて「WEBライターに転職して、2年間東京で経験を積む」という人生にシフトしたのです。

 

天職・片想い相談体験談

めいさん先生

 

とはいえ紹介された占い師だけでは不安だったので、人生で初めて電話占い(ピュアリ・明讃先生)を利用した、天職・片想い相談体験談もあります。

 

そして、仕事に関しては「物書きになるのが良い」という良い結果をいただけた一方で、1年ほどアプローチしていた女性に対しては「諦めた方が良い」という悪い結果でした。

 

オススメの人

■鑑定結果

乙女座=どんな出来事においても、瞬時に本質を見抜いてしまう

霊数1=個人で独創性を活かせる仕事の方が成功しやすい

四柱推命1=天徳貴人×月徳貴人・趣味や道楽が高じて成功する例も多く恵まれた運命の持ち主

四柱推命2=文昌貴人・作家や学者が持つ特性で、学問や文学に才能がある

小さいときから勉強しているのを活かす仕事に就けば運気は最高です。

■鑑定結果(恋愛)

正直言いますと似た者同士です。あまり気持ちは薄いです。彼女は飽きっぽいですし、八方美人で男が言い寄ってくる体質です。しかし、仕事が好きですので結婚に向きません。

 

お付き合い出来たとしても音信不通になりやすいでしょう。余りお勧めできません。気持ちがあるように感じたのは似た者同士だったからです。

 

このように「集団より個人」「本質を見抜く」「趣味が高じて成功する」「作家や文学に才あり」「小さい時から勉強しているのを活かす仕事」というアドバイスにより、物書きになりました。

 

※先程の占い師と同様の答えだったので確信も深まった上、29時の時点で「観光趣味ブログ」を作っていたのもあり、WEBライターになったのです

 

その結果、毎日ストレスフルだった「苦痛だらけの通信系IT営業マン」から「文系才能を活かせる物書きに転職して天職に辿り着いた」のです。

 

 

とはいえ、仕事に関しては良いアドバイスをもらえた一方で、片想い相談に関しては「両思いは難しいってことか…。」と、少し心の中で反発していました。

 

しかし、彼女の個性やプロフィールを考えると、明讃先生の鑑定が正確でとても信頼できることもわかったのです。

 

僕が当時片想いしていた女性

八方美人で男が言い寄ってくる体質=昼職と夜職を兼業している女性だったので鑑定通り

正直言いますと似た者同士です=どことなく似た者同士と感じていたので鑑定通り

お付き合い出来たとしても音信不通になりやすい=何度連絡先を聞いてもはぐらかされた

 

このように付き合えないと薄々感じながらも1年間アプローチし続けていたので、この鑑定を聞いて気持ちが吹っ切れたのです。

 

誕生日プレゼントをあげたり、彼女の好きな物をプレゼントするなど、色々アプローチしたのですが、結局ダメでしたからね…。

 

そのため、あなたも天職や恋愛の悩みがあるのであれば、相談してみるのもアリですよ♪

 

 

※なお、以下のリンク先では具体的な口コミ・評判などを紹介しているので、合わせて参考にしてください♪

 

 

【30〜32歳】WEBライター体験談

目次

 

諒

そして「工場のライン作業→事務職→営業職」の先にたどり着いた【30〜32歳】WEBライター体験談についてご紹介していきます。

 

医療系会社でライター初挑戦

目次 1

 

まず僕は30歳になってから、医療系会社でライター初挑戦しました。

 

独学で2年ほど個人ブログを制作してはいましたが、プロとしてお金をもらって記事を書くのは初体験だったのです。

 

 

そして、実際に入社してみると「これが天職だろうな…」とは思っていましたが、色々なダメ出し・添削を受けてちょっと鬱になりました。

 

営業キャリアを持っていたので、それなりのことができる自負はあったものの、WEBライターとしては新卒同然だったので、かなり手痛い経験をしたんですよね…。

 

しかも、直属の女上司がヒステリー気味の厄介な姉ちゃんだったので、1ヶ月に1回は口論や喧嘩になったのも、鬱っぽくなった原因です。

 

クソ女上司との口論1

上司サイドの視点=記事にムラがあり、良い時は感動するのに、悪い時は手直しが必要なくらい悪い

俺の視点=コッチは毎日一生懸命やっとるんじゃボケ!ムラなんか気にしとれんわ!アホか!

クソ女上司との口論2

上司サイドの視点=頻繁にトイレに行って席を離れているけれど、サボっているんですか?

俺の視点=生理現象じゃボケ!そもそも席からトイレが遠すぎるんじゃ!改善を求む!

クソ女上司との口論3

上司サイドの視点=いつもギリギリに出社してますけど、もっと早く来ないとクビにしますよ?

俺の視点=いやいや、遅刻ワーストに入ってるあんたが言うことじゃないでしょ?アホですか?

 

このようなトラブルが何回もあった上に「契約更新を3ヶ月→2ヶ月→1ヶ月」と短くされて脅されたので、結局半年で自主退職することにしました。

 

とはいえ「自分の気持ちを正直に表現して伝える」という意味では、WEBライターという仕事に必要な能力だったので、神様からの天啓だったと今では思っており、感謝しています♪

 

転職系ライターで経験が花開く

目次 2

 

その後スグに就業先が決まったのですが、転職系ライターで経験が花開くという価値ある体験をしました。

 

具体的には、先の会社と居心地が全く違ったのです。

 

各企業での就業感覚の違い

医療系サイトの会社=人材は使い捨て/成果を上げられない奴はゴミ/プライベートは繋がり一切なし

転職系サイトの会社=正規・非正規関係なく人財は資産/皆で仲良く楽しく一生懸命で休日も一緒

 

このように、とても働きやすい会社に移れたので、居心地良く経験を積めました♪

 

しかも、僕は人より「転職経験」「職種転換経験」を持っていたので、その経験を基にした記事作成が、自分に合っていたのです。

 

そのため、その転職サイト会社で「読み手に行動を喚起する記事」「人の役に立つ記事」の手応えを感じ、それをベースとしてこのサイトを運営しているのです。

 

 

そしてこの時に、ネットワークビジネス組織の大改編が契機となり、7年所属したチームを辞めました。

 

その結果「会社員×アフィリエイトブログ構築の副業×ネットワークビジネスという三足の草鞋」を卒業し「アフィリエイトサイト副業で独立」という引き寄せになったのです。

 

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【32〜35歳】起業への独立体験談

目次

 

諒

そして、東京でWEBライターとして2年間経験を積んだ後に【32〜35歳】起業への独立体験談へと移っていきます。

 

縁切り・運命鑑定体験

ほのか先生提供元:ティファレト

 

30歳から2年間「WEBライター」に転職して天職に辿り着いた後、縁切り・運命鑑定体験を経験しました。

 

そもそも、29歳の時に占ってもらった当時「好きを仕事にする」という目標を達成して32歳になった僕は、その後の人生に関して以下の3点を迷っていました。

 

32歳の僕が迷っていたこと

東京残留1友人とのルームシェアを続け、WEBライターとして東京で働き続けながら、副業としてWEBサイト構築を実践

東京残留2友人とのルームシェアを解消した上で、WEBライターとして東京で働き続けながら、副業としてWEBサイト構築を実践

名古屋里帰り起業を志して地元名古屋に里帰りし、両親との直接対決を行いながら専業でWEBサイト構築を実践

→ただし名古屋里帰りは、8年間繋がってきたネットワークビジネスの師匠との師弟関係が強烈で、縁を切れる自信がなかった

 

このように人生を迷っていた僕は、再び電話占いを利用したのです。

 

 

そして電話占いカリスで、引越し・人間関係相談(ほのか先生)をさせていただきました。

 

■相談1

諒

今後の未来をより明るくしていく上で、参考になるアドバイスを頂けないでしょうか?

提供元:ティファレト提供元:ティファレト

まずあなたはコツコツ物事に取り組むのが得意なので、それを生かせる状況を作るのがベターです。さらに今回は“運命の輪”のカードが出ており、これから転換点の領域に入っていきますよ。安心してください。

■相談2

諒

新事業(教育関係)のヘッドハントを受けたのですが、今一歩踏ん切りがつきません。占っていただけますか?

提供元:ティファレト提供元:ティファレト

相手の期待がかなり大きく、今そこに取り組むのはあまりオススメできません。将来的に参画するとしても、具体的な貢献領域が不明確なままの状態では、相手の期待に押し潰される可能性が高いです。

 

このように20分程度の相談時間の中で、モヤモヤしていたことを相談させていただきました。

 

 

まず、一つ目の相談は今後生活基盤をどこにしようかと迷っていた時だったので、東京の一人暮らしに一区切りつけて実家に戻る覚悟が固まりました。

 

さらに、実家の馴染む環境で「運命の輪の転換点として、起業独立基盤を固める」という決意のきっかけを頂きました。

 

 

そして二つ目の相談は、僕が離れた1年後にネットワークビジネスから卒業した師匠から「教育関係新事業の共同起業」を提案されたのです。

 

僕はネットワークビジネスを7年で卒業していて、師匠もその後チームから離れて新事業に取り組んでいて「僕の参加も要請された」のですが、ほのか先生に相談した次第です

 

 

結果的に「そこに参画しても苦しくなるのが見える」という結果を頂けたので、8年間の付き合いの区切りとして縁切りサポートをもらえたのです。

 

このように仕事や人間関係相談はもちろん、恋愛相談なども含めて「決断するための勇気が欲しい時や縁結びor縁切りサポート」などの応援をいただけます。

 

だからこそ「占いは悩み解決に重要な指針をもらえる」と、自信を持ってオススメできるんです♪

 

 

※そして以下の記事では、具体的な僕のほのか先生への相談体験談や相談方法を紹介しているので、合わせて参考に使ってください。

 

 

実家に帰ってトラウマと格闘

目次 1

 

そして実家に帰ってトラウマと格闘の2年半が始まりました。

 

なぜなら僕の人生のトラブル原因は、全て歪んだ親子関係から発生していたからです。

 

歪んだ親子関係から発生していた人生のトラブル

■父親との歪んだ親子関係から発生した問題■

正社員で入社してもトラブルで辞めたり、派遣社員や契約社員など「頑張ってないとクビになる働き方」しか無意識で選べなかった

男性上司に一切意見ができずいつも言われるままに従うしかなかった

お金はセミナーや研修費用にばかり使い(総額1,200万円)自分を癒やしたり労う使い方や貯金が全くできなかった(強烈な自己否定)

■母親の歪んだ親子関係から発生した問題■

女性の先輩や上司とケンカになったり、クビになるトラブルが何回も発生した

恋人を作れてもスグ別れ、最大で半年しか続かないなど、6回も失敗続きだった

 

そして「運命の輪」を転換する為に、自分の人生を不幸にし続けた「歪な親子関係と直接対決」をスタートしたのです。

 

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【35歳】トラウマ克服+起業成功体験談

目次

 

諒

このような「生きること自体が辛い原因」となった状況を浄化した【35歳】トラウマ克服+起業成功体験談を引き寄せました。

 

親に対して何度もキレる

目次 1

 

僕のトラウマは「親の意見に対して、全てYESに抑圧される状況」から発生していたため、親に対して何度もキレるというチャレンジを繰り返しました。

 

まず、母との歪んだ親子関係に対しては「自分の本音を伝える→母親が否定してくる(ビニールテープで縛るトラウマ再現)→父親を呼ぶ」という繰り返しが何度も起こりました。

 

 

同様に、父との歪んだ親子関係に対しても「自分の本音を伝える→父親が否定してくる(ナイフで自殺しそうになったトラウマ再現)」という繰り返しが起こりました。

 

母親の場合は、自分の正当性を通そうとすると父親を呼んで、結局僕が悪いという結論を強制してきたわけですね…。

 

 

その結果「必ず親が正しいという結論に持ってかれそうになるし、脅されるので、その度に正論で対抗したり、脅し返す」という行動で対抗したのです。

 

脅され脅し返しのチャレンジ経験

ファミレスで話していた時に父と口論になり、父は机を全力で叩いて「お前が悪い!」という結論で無理やり集結させられた

母親と口論になった時に「そんなこと言うなら警察呼ぶわよ!」と脅された

父が僕の意見を気に食わないと思った時は、大声で咳き込み始めたり、おならをしたり、机を叩いて萎縮させられた

 

このように「僕を萎縮させて“お前が間違っている”という結論を強制させる」という理不尽な現実に何度も直面しながら、チャレンジを続けたのです。

 

イヤな事はキッパリ断る練習

目次 2

 

ちなみに親の意見をしっかり貫き通す為に、イヤな事はキッパリ断る練習をスタートしました。

 

具体的には「TVを見ている時にツッコミやイヤミを入れる」という練習を続けたのです。

 

■TVへのツッコミやイヤミ例

クロちゃん本当に気持ち悪いなぁ…。

こんな犯罪者、死刑にすれば良いのに…。

ギャル系芸能人ってノリばっかりでうるさいなぁ…。

 

こういったネガティブに感じた気持ちも、自然に吐き出すクセを付けていったわけです。

 

諒

今の言葉不愉快なんだけど?おかしいでしょ?

 

このようにイヤなことはイヤと言えるようになる訓練を継続し続けたのです。

 

筋トレして丹田を鍛える

目次 3

 

筋トレして丹田を鍛えることも継続しました。

 

丹田とは「おへその拳一つほど下」にある、人のエネルギーの源になっている場所であり、これが「人対人のエネルギーバランスの上下関係」を生み出します。

 

殴り合いでは格闘技や筋力で勝敗が決まるのですが、言い合いなど「目に見えない勝敗」は、丹田のエネルギー量で決まるのです。

 

 

そのため、とくに「腹筋&背筋」を鍛える事で、声がよく出るだけでなく「エネルギーを相手にぶつける力」をアップできました。

 

他にも「最悪、高齢者の親父やお袋が襲ってきても、殴って制圧できる」という自信にもなったのです。

 

撃退成功イメージを刷り込む

目次 4

 

撃退成功イメージを刷り込むことも徹底しました。

 

具体的には「部下や下の存在が、上司や上の存在を倒す映画・ドラマ・アニメを見る」ことを実践したのです。

 

 

そして、撃退成功イメージを刷り込む上で、僕が参考にしたメディアは以下の通りです(過去に見たものも含めて)

 

パワハラ両親を撃退する作品例

■映画

蘇る金狼(昼間はしがない会社員だが、夜は凄腕の殺し屋として幹部(上司)を脅して会社を乗っ取る物語)

アベンジャーズ(アメリカのヒーローたちが集結して、悪の組織を崩壊に導くアクション映画)

■ドラマ

半沢直樹(数々のパワハラ上司を撃退していき、会社を良くしていく主人公の物語)

不毛地帯(山崎豊子の描く戦後日本の商社を舞台に、社内のパワハラ上司を撃退しながら昇進していく)

下町ロケット(弱小下町工場が、大手企業の横暴で会社を潰されそうになりながらも成長していく物語)

■アニメ

進撃の巨人(蹂躙してくる“謎の巨人”を小柄で弱小な人間が倒しながら、世界の真実を暴いていくアニメ)

キングダム(貧乏な孤児でありながら剣の腕を磨き続けた主人公が、後の秦の始皇帝と共に中華統一を果たす大将軍になっていく物語)

■特撮

仮面ライダー(悪の組織から平和を守る、ヒーローの物語)

戦隊シリーズ(仮面ライダーは一人or二人で戦うが、戦隊モノは団結して悪を倒すヒーローの物語)

ウルトラマン(主人公が大きくなって、大きな怪獣を倒すヒーローの物語)

潜在意識浄化で親と心理的和解

目次 5

 

そしてこれらのことや、メルマガの特典として配布しているPDFレポートのテクニックを用いて、潜在意識浄化で親と心理的和解を達成しました。

 

なぜなら「父親・母親に不愉快な行動や発言をされれば“不愉快だ”“イヤだ”“キライだ”としっかり意思表明できるようになった」からです。

 

しかも、経済面で言えば「父親に“高校時代の自殺寸前だった僕の辛さ”を理解して、謝ってください!」と伝えて謝罪を引き出し(泣かし)、毒親浄化を達成しました!

 

 

そして、この根幹が「2011年8月初旬にコミットして、約12年越しに達成した月収100万円という現実」だったわけです。

 

これは「父親が最高年収1000万(月収約83万)の男だった為、抑圧克服する為にはそれを超える“影響力を手に入れる”必要があった」からだと、達成してから気付きました。

 

そのために10回も転職・失業したり、理不尽で辛い体験を何度も経験したり「自己投資1200万円」という大金を自分に注ぎ込んだわけですね(笑)

 

 

※ちなみに先程「人のエネルギー量は丹田で決まる」とお伝えしましたが、一番増えるのは「覚悟を決める経験」と言われています。

 

そのため「失業10回&職種転換4回」「既卒上京」「副業・起業挑戦12年」という「丹田を鍛える経験」を引き寄せたのです。

 

潜在意識変革で現実が変わる

目次 6

 

ちなみに潜在意識をご存知ない場合に備えて、潜在意識変革で現実が変わるという話も補足しておきます。

 

そもそも「現実は、過去の出来事から形成した“信念(思い込み)”が原因」であり、イヤな現実は「間違った信念を書き換える」必要があるのです。

 

そして、その「信念」を司っているのが「潜在意識」と言われている無意識領域なのです。

 

潜在意識・顕在意識の違い

潜在意識

顕在意識=お昼ご飯を何にしようか考える・人と会話するなど「自分がしっかり意識している事

潜在意識=歩く・走る・自転車を漕ぐ・車を運転するなど「かつては意識して行っていたことも、現在は無意識でやっている事

 

潜在意識はこのように「道路では歩道を歩く」「包丁は食事を作るもので、自分や人を刺しては危ない」など、生命維持も担う重要な役割を持っています。

 

 

しかし、これが僕のように「年上の男性・女性に逆らうとナイフで刺される」「定期的に家出(失業)して、援助を貰う」という、歪な潜在意識も形成したりするのです。

 

トラウマを浄化するのは怒り

目次 7

 

そして、トラウマを浄化するのは怒りとも言えます。

 

なぜなら「トラウマとなった歪な潜在意識の記憶」は「怒りをガマンした結果引き起こされる」からです。

 

 

例えば、僕の場合「ありのままの自分を愛して欲しかった哀しみから来る怒り」「僕の意見もきちんと聞き入れてほしかった怒り」などが根底にありました。

 

そして、この「未消化の怒り」が溜まるほど、心の病を引き起こしたり、納得のいかない現実の引き寄せが起こり続けるのです。

 

喜怒哀楽

 

そのため、心理学の世界では「未完了の怒り」を適切に解放することで、理想的な現実引き寄せを加速できると言われてます。

 

もちろん、適切な怒りの処理とは「憎しみの対象を直接殺す」「誰かに同じことをして鬱憤を晴らす(いじめ)」などではありません。

 

そして、これに関しては僕がPDFレポートに書き記したような「専門の潜在意識の怒りやトラウマ浄化ワーク」を実践しなければ、浄化は難しいです。

 

辛く苦しい12年間で得た自尊心

目次

 

このような「強烈な自己否定」「自殺トラウマ」を乗り越えた僕ですが、そのような辛く苦しい12年間で得た自尊心が、今では何よりも自分の誇りとなりました。

 

我ながらよく頑張ってきた12年間でしたし、具体的には以下のような誇り・自尊心を育んで来れたのです。

 

トラウマを克服するために得たもの

東京上京して「上場企業勤務5年」「事務職・営業職・WEBライター職」のスキル・経験を得た

新橋・赤坂・六本木の有名企業で働くことができ「一流のビジネスマンという誇りと自尊心」を得た

自分は愛されて生まれてきて、今なお愛されて生き続けているという「自己肯定感」

良いと思ったものは良い、悪いと思ったものは悪いと誰に対しても堂々と言える「本音で生きる心」

自分の人生は自己決断して生きるという「TOPの意識」(I am the master of my fate. I am the captain of my soul.=我は運命の主人であり、我が魂の船長である)

両親(親父・お袋)への心理的劣等感を克服「両親との心理的和解」を達成

ネットワークビジネスの師匠に出会って失ったもの

過去の友人との繋がりや関係(単純に話が合わなくなった)

会社や何かに依存して生きる「末端意識(注:会社員でも「TOPの意識」で生きる、素晴らしい方は沢山います)

将来(お金・人間関係・健康など)に関する不安

自己投資に約1,000万円使ったので、本来なら20代で遊べるはずだった旅行代・衣服代・車代・遊興費

※この自己投資がベースとなって月収100万達成できたので、これで良かったと思っています

 

このような人生を経験できたことからも「自殺衝動トラウマを乗り越えた」「強烈な影響力を育めた」という自分を、今では誇りに思っています♪

 

そのため、以下のリンク先では「何度でもチャレンジして成功してきた自尊心を育んだノウハウ」「トラウマ浄化テク」を無料提供しているので、ぜひ受け取ってくださいね♪

 

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まとめ

 

諒

以上が転職10回&起業3回目での成功体験談!12年で月収100万円達成した強烈な影響力のある男の激動人生まとめのご紹介でした。

 

自分の気持ちに正直になってチャレンジした経験は「自信という財産」になりますから、誇りを持てる決断をしましょうね♪!

 

挑戦をするメリット

チャレンジした経験や成功体験ができ、さらに自分に自信がつく

理想の自分の人生に近づき、さらに自分が好きになる

ムリのない人生に近づくことで、メンタルにとても良い

挑戦をしないデメリット

「また自分はチャレンジしなかった」と後悔が増える…

今の自分から何も変わらず変化ナシ…

何もしない自分が今よりもっと嫌いになる…

 

あなたの自尊心が高まるように、この記事に出会った以上、今スグ1mmでも自分を変えていきましょうね!♪

 

強烈な影響力のある男が、あなたの成幸をお祈りしています♪